読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

初野晴「漆黒の王子」

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 二つの話が並行して進んでゆく。「上側の世界」は、ガネーシャという姿の見えない人物に翻弄されるヤクザたちの話。「下側の世界」は記憶を失い、地下の暗渠にさまよいこんだある人物の話。まるで接点がない二つの物語。いったいこれがどういう風にからまってゆくのか?

 

 とにかく、濃密で目が離せない。どちらの物語もさまざまな感情を想起させ、読み手をこころよく弄んでくれる。「上側の世界」では、次々と組員たちを眠ったまま死においやる不思議な殺しの方法が謎の焦点となる。眠れば死ぬ?そんなことがあるのか?では、いったいガネーシャはどうやってその状況を作り出したのか?いつ?どういう手口で?このミステリはなかなか独創的だ。また、眠ることができないという究極の極限状態に追いこまれた暴力団の藍原組組員たちを取りまく血腥くて非情な世界の容赦のなさもかなり読ませる。「下側の世界」では、およそ現実的でない状況の中、≪時計師≫≪ブラシ職人≫≪墓掘り≫≪坑夫≫≪楽器職人≫≪画家≫≪王子≫という七人の特異な人物たちと織りなすある意味ファンタジーめいた物語が展開する。いまはもう使われていない迷路となった暗渠。名前のない人々が抱えるそれぞれの物語。次第にあらわになる過去の出来事。いま起こっている出来事が何に起因しているのかが少しづつ明らかになってゆく。

 

 しかし、難をいうなら少し詰めこみすぎなのだ。結局、それが収まるところにきちんと収まってないので拡散しただけの印象を与えてしまう。二つの異なる物語というプロットも最後まできて氷解するというほどの解決をみせず、少し不満が残ってしまう。抜群におもしろい話が展開しているのに、収まりが悪いがゆえに違和感が強調されてしっくりこない。まず異常発生しているワカケホンセイインコの存在理由がしっくりこない。「下側の世界」のはじまりの状況がうまく飲みこめない。プロローグの話と物語全体とのバランスがうまくとれてない。長さは気にならないくらいおもしろかったが、にもかかわらずこの長さが必要だったかといえば、そんなことはないと思う。

 

 でも、以上のことでぼくは否定的にとらえてはいない。初野晴作品を読むのは本書で二冊目で、先に読んだのは「1/2の騎士」だったが、どちらも素晴らしくおもしろいミステリだった。シリーズとなっているハルチカの青春日常ミステリは未読だが、それもおいおい読んでいきたいと思っている。でも、ま、次はデビュー作の「水の時計」かな。