読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2014年 年間ベスト発表!

 今年は、いままで30年以上本を読んできた中で一番読書量の減った年だった。32作品、33冊だって。平均したら月3冊読んでないってことだ。これは由々しき事態ですよ。本自体もあまり買わなくなったし、以前は毎週行っていたブックオフも月に一度くらいしか行かなくなってしまった。でも、本に対する情熱がなくなったというわけではなくて、最近はそれほど自分のものにしたい本がないってのが一番の理由なのだが。というわけで今年の年間ベストにいってみたいと思います。今年はあまりにも読んだ本が少ないので、国内海外取りまぜてのベストにしました。



■1位■ 「低地」ジュンパ・ラヒリ/新潮社

 『低地』とはスパシュとウダヤンが育ったインドのカルカッタ郊外にある二つの池に隣接する数エーカーの土地のことだ。雨季には、池から氾濫した水が低地を覆いつくし布袋草が繁茂した。そしてこの場所がスパシュとウダヤンの仲の良い兄弟の運命を別つ場所となったのである。インドが抱える民族としての長い歴史と変革。移民としてのアメリカでの暮らし。そこに含まれる悲哀と静かな情熱。日々暮らしてゆく中で人は家族とでさえ、かけひきをし慎重にならざるを得ない場面に出くわす。大きな問題と小さな問題。差異はあれど、それらは必ず生活の中で波紋を起こす。うまくいえないが、ラヒリはそれらの機微を積み重ねるエピソードの中で巧みに表現してゆく。まったくもって素晴らしい。




 ここでペルッツが描くのは渦中の人物が不在なのにも関わらずその人物の意志がまるで呪いのように成就してしまうという不思議だ。渦中の人物とはタイトルにもなっているボリバル侯爵。彼はゲリラと結託してフランス軍を壊滅させる作戦をたて、それを開始する三つの合図を決める。しかし、偶然にもその情報は敵に知れることになる。前もってわかった合図ゆえ、それを未然に防ぐことは可能なはずであり、実際ボリバル侯爵は合図を出せない状況に追いこまれる。しかし三つの合図は不在の意志により見事決行され、敵を破滅へと追いこんでゆく。
 どうして合図を出すべき人物が不在なのに合図は成され、計画は成就したのか?それが本書の読みどこ
ろであり、ペルッツの仕掛けた巧緻な伏線の妙なのだが、はっきりいってその理由は本当にばかばかしい
ものなのだ。だって敵の将校たちはまるで俗物で、みんながみんなあるものに執着したがために破滅へのカウントダウンは着実にカウントされてゆく。来年はペルッツの翻訳作品がいろいろ刊行されるみたいなので、いまから楽しみだ。




■3位■ 「クライム・ウェイヴ」ジェイムズ・エルロイ/文春文庫

 なんであれこの本を読んだだけでもうどっぷり50年代のアメリカのきらびやかな泥濘にはまりこんでしまった。甘く、カラフルですべてがシンプルだったあの時代、ドゥー・ワップとルートビアと水玉で彩られたあの時代、しかしそれもエルロイにとっては暗黒の時代だったのだ。
 本書は小説や犯罪ルポやエッセイなどを収めたエルロイの作品集だ。普通、こういうフィクションとノ
ンフィクシションが混在してる本を読むと、それが同じ作者のものであったとしても温度差を肌で感じて
しまうものなのだが、エルロイはその境界がまったくなくて驚く。どちらを読んでも常に文章が沸騰して
いる印象を受けるのだ。
 黄金期のアメリカ、大型家電と大きな夢に覆われていた往年のアメリカ。しかしそこでは策謀と策略、さまよえるユダヤ人とさらけだされる差別、さらなる不安とさしせまった危機にさらされていた。ぼくみたいな冒険心も持ちあわせていないぼんくらにとっては、茫然と棒のように立ち尽くすしかない暴挙のように思われるが、執念にとらわれたエルロイは、死と情念をたぎらせ焦点をしぼった視座で恣意的に感じるほど自然にシーンを切りとってゆく。
 エルロイ。狂犬と呼ばれる男。そんな彼のCRAAAZYな才能を堪能できる本書、興味をもたれた方
は是非お読みください。




■4位■ 「燃える天使」柴田元幸編訳/角川文庫

 まず注目したいのは「愛の跡」。レズビアンの女性とホームレスの少年の交流を描いているのだが、所
々の描写がすごく新鮮で驚いた。答えの出ない彷徨と触発の狂気がもどかしくも印象深い。
 「世の習い」は、けっこう技巧的な作品。汽車の旅で出会う少女と疲れた様子の女性。彼女と私。しか
し、明確だった関係は主格を取り換え少女の性の解放をともなうイニシエーションを経て、現実に引き戻
される。
 「ケイティの話 一九五○年十月」はアイルランドの怪奇譚。以前から感じていたことだが、アイルランドの話ってなぜか日本の風土になじんだ懐かしさがあるんだよね。ここで語られる話は、恐ろしくはないがかなり不気味な話。この「ケイティの話」も入っている連作短編集「闇の中で」が晶文社から出てるそうなので、こんど読んでみようと思う。
 「太平洋の岸辺」は、最近「ウィンターズ・テイル」が復刊されたヘルプリンの作品。本題の前にちょ
っとだけ余談だが、この「ウィンターズ・テイル」はほんと必読のアメリカ文学なので、これを機会にぜ
ひ未読の方は読んでいただきたいと思う。素晴らしい読書体験となるだろう。で、この短編なのだが、先
の大戦が舞台となっている。夫を兵役にとられ軍需工場で働くポーレットが主人公。愛し合う二人をつな
ぐ手紙のやりとり。ラストの一行が胸に突き刺さる。
 「猫女」は、非常に短い作品ながら、なんとも奇妙で魅力的だ。特異な事実とそれをとりまく普通の人
々。挿話としての完成度が素晴らしい。
 「メリーゴーラウンド」も短くて単純な話なのだが、メリーゴーラウンドの加速と同様に加速してゆく
話の疾走感がおもしろい。何が彼をそうさせたのか?不可解さの中に漂うユーモアが忘れがたい。
 「サンタクロース殺人犯」は、タイトルのとおりサンタを殺してゆく犯人の話。そうすることによって
世界がどうなったのかが話の焦点。そして、最後にタイトルの真実が思わぬサプライズとなってあらわれ
る。以上、特に印象深かった作品に言及してみた。でも、その他の作品もつまらないわけではないのでご安心を。




■5位■ 「今日われ生きてあり」神坂次郎/新潮文庫

 本書は、特攻出撃によって散華していった若者たちが愛する家族や世話になった人たちに宛てた手紙、
遺書、それから自身の心情を吐露した日記、そして最後まで彼らを支え続けた関係者の談話によって構成
された魂の記録である。本書を読んでいるあいだ、何度も目頭が熱くなった。だが、当然のごとくぼくは戦争を知らない。だから本書を読んで涙を流す権利などないのではないかなどと思ってしまうほど、本書に書かれている言葉は崇高だ。とりわけぼくが心を打たれたのは、残してゆく家族のことを心配しながらもどうすることもできずに特攻へ出撃してゆく少年たちの断腸の思いだ。
 なんて理不尽なことだろう。残された親たちの心情も、自身に重ねてみると叫びだしたくなるほどの哀
しみにとらわれてしまう。手塩にかけて育てた息子をお国のために取り上げられ、しかも特攻という必ず
死ななければならない理不尽な戦いに送り出さなければならない親の気持ちはどれほどのものだろう。
 著者はいう『特攻は戦術ではない。指揮官の無能、堕落を示す統率の外道である』と。自らの身を安全
におき、君たちのあとに必ずわれわれも特攻で散ってゆくからと激励し送り出した指揮官たち。しかし彼
らはもちろん特攻になどいかずに生き残っている。
 戦争は抗えない悲劇だ。それを望んでいる人などいないのに。戦争は大きな過ちだ。誰もそんなことし
ようとは思ってもいないのに。ぼくたちは戦争を知らない。だが、知ろうと努力することはできる。戦争
を過去の遺物だと目を背けずしっかり見つめなおさなければいけない。そうすることによって、知ること
によって、その後の行動にも影響がでるはず。
 決して同じ過ちをくりかえさないためにも。




■6位■ 「アルモニカ・ディアボリカ」皆川博子早川書房

 前回の「開かせていただき光栄です」の事件から5年。いまは盲目の判事ジョン・フィールディングの
元で働いている解剖医ダニエル・バートンのかつての若き弟子たち。犯罪を抑止する目的の新聞を作って
いる彼らのもとに奇妙な屍体の身元情報を得るための広告依頼が寄せられる。道路工事用の白亜を掘り出
していた採石場の坑道内で発見されたその屍体の胸には〈ベツレヘムの子よ、よみがえれ! アルモニカ
・ディアボリカ〉という文字が記されていた。天使と見紛うその屍体はいったい誰なのか?判事とその仲
間たちは事件の解明にのりだすのだが・・・・。
 正直すこし長いなという印象を受けた。途中までは辛気臭いと感じたのだ。しかし、最後まで読め
ばそれもこれもここまで辿りつくための長い長い伏線だったんだなと理解した。さすがにこの伏線回収に
関しては素晴らしい手並みで、まとまり過ぎの感もぬぐえなくはないがミステリとしての結構は美しかっ
た。
 さて、ぼくたちはこの物語の続きを読むことができるのだろうか。皆川博子御歳84歳。いつまでも元
気でいてほしいのはファンとしては当たり前なのだが、いつまでもブレのないキレッキレッの硬質で高純
度な物語を紡ぎ続けていってほしいものだ。


 

■7位■ 「両シチリア連隊」アレクサンダー・レルネット=ホレーニア/東京創元社

 舞台となっているのは、第一次大戦オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊したばかりのウィーン。大
戦時に両シチリア連隊を率いていたロションヴィル大佐が美貌の娘ガブリエーレと共にある夜会に出席す
るところから物語は幕をあける。ま、基本、本書はミステリなのである。奇妙な殺人が起こって、それをめぐって犯人と動機を追及していくのが主軸の物語だ。だが、ストーリーをすすめていく上でこの事件を総括してまとめあげ、謎を追っていく探偵役というものは存在しない。まずその点が本書をアンチ・ミステリといわしめている部分だと思うのだが、ラストに一応の解決をもたらす意味での探偵役は存在するが、最初から最後まで一貫して進行役をつとめる探偵はいないのである。物語の進行は『両シチリア連隊』の元隊員だった兵士たちの行動によって進められてゆく。そしてその中で浮かびあがってくるある人物の存在。これが入れかわりたちかわりアイデンティティを変化させて読者を幻惑させる。ある事実が語られしばらくしてその事実がまた違うシチュエーションで語られる。どちらが本当のことなのか?はて?さっきの話はいま語られているこの話と似通っているんじゃないか?え?彼が彼?あの人はこの人?うん?少し前に読んだところで書かれてあったことは、このことじゃないの?という具合に見事に翻弄されてしまうのである。それが積み重なり、その中で本筋には関係のない死の観念や運命論や哲学などの考察が挿入され、読者はさらに惑わされることになる。
 とにかく読んでみて。こんな話読んだことないから。




■8位■ 「怪奇文学大山脈 Ⅰ」西洋近代名作選【19世紀再興篇】荒俣宏 編纂/東京創元社

 本アンソロジーは、あの碩学荒俣宏氏が蒐集した海外の怪奇文学をそれぞれテーマ別に三巻に分けて
紹介する西洋近代怪奇小説の集大成である。『19世紀再興篇』と名付けられた本書には14篇が収録さ
れている。
 まず驚くのは、いまさらなのだがやはり荒俣氏の博覧強記ぶりなのだ。なんせ、450ページある本書
のおよそ100ページほどは、興味深い荒俣氏と西洋怪奇小説、師匠 平井呈一との出会い、果ては西洋
におけるゴシック・ロマンスに端を発する怪奇文学の浸透事情と日本における怪奇文学の紹介の変遷を綴
ったまえがきと本書に収録された作品の解説に費やされていて、これがすこぶるおもしろい読み物になっ
ている。おそらく、現在の日本においてこれだけ詳細に怪奇・幻想のジャンルを網羅している人物という
のは荒俣氏をおいて他にいないのではないか?東雅夫氏もその方面では素晴らしい成果を残しているが、
和洋兼ねてとなるとやはり荒俣氏が抜きんでてるのではないだろうか?
 で、本書の内容なのだが先にも書いたとおりここに収録されている作品は19世紀の怪奇小説黎明期か
らその発展をなぞる形で選出されている。よって資料的な価値としては一級品だが、飛びぬけて素晴らし
い作品や、大きな目玉作品があるわけではない。読者としては、荒俣氏が系統立てて築きあげた怪奇の大
山脈を仰ぎみながら踏破するような気持ちでありがたく拝読するのが本来の姿だろう。とにもかくにもぼ
くは本書を読んであらためて荒俣氏の巨人ぶりに驚いたわけなのである




■9位■ 「世界堂書店」米澤穂信 編/文春文庫

 あの米澤穂信がこんなにいろんな国の小説を読んでいる人だったということに驚いた。だいたいミステ
リ作家といえば、英米のミステリ作品に傾倒しているのが相場というものだろう。しかし本書に収録され
ている15編のうち、純粋にミステリとよべる作品は2作品だけなのだ。
 個人的に一番おもしろかったのは「石の葬式」だった。突飛なイントロからまるで予想もつかない物語が紡がれてゆく。ギリシャなんて、まったく馴染みのない国だからすべてが新鮮で、マジックリアリズムそのままの世界にすんなりとはいってゆける。とにかくこれは誰が読んでもおもしろいし、驚くことだろう。他の作品ではツヴァイクの「昔の借りを返す話」が変化球でなんともしっくりこない。そこがいいんだけどね。「私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない」は、ちょっといままでにない世界で驚いた。この世界を正統化しようと読みながら常に頭の中で補正するのだが、そのたびに不気味な感触に凍りついてしまった。「トーランド家の長老」は無知が事の次第を有利にすすめてゆく妙味を堪能できる。小さな空間でくつがえされるそこでの理。どちらに感情移入するかで物語の受けとり方はガラッと変わってしまう。ちなみにぼくは穂信くんとは逆だったみたい。「十五人の殺人者たち」は、結末まで読んで大いに溜飲の下がるミステリ。真相も然りだが、話の落ちどころがいいではないか。十蘭の「黄泉から」は、見事というしかない逸品。こんなカッコイイ短編久しぶりに読んだ。ラストの場面がもたらす鮮やかな印象は忘れようにも忘れられないだろう



 
■10位■ 「もののふ柴田錬三郎新潮文庫 
 
 死がすぐそばに寄りそっていた激動期の武士たちの生き様が描かれている短篇が12編。時代もバラエ
ティに富んでいて、源平から戦国、幕末を経て明治まで。興味深いエピソードが次々と語られてゆく。
 いままで時代小説はいろいろ読んできて、武士の生き様、心意気、信念のようなものをなんとなく理解
していたつもりだったが、本書で描かれる武士の姿には息を呑んだ。
 この人の描く武士は、たとえば藤沢周平のそれとはまったく違って、義を重んじる凛とした武士ではな
く死地に立ちむかってゆくことを恐れない鬼神のような荒々しい武士であって、その現実離れした活躍は
神話的でさえある。いったい、過去に生きていた本当の武士たちは現代に生きるぼくたちからみてどのよ
うな姿だったのだろうか。自分の腹を切るというのはどういう気持ちだったのか。刀で戦うとはどういう
怖さだったのだろうか。親や兄弟を裏切って殺すとは、どんな心でおこなうことができたのだろうか。
 同じ武士でも戦乱の世に生きた武士と太平の江戸時代に生きた武士とではその有り様も変わってみえて
当然だ。現代からみれば、武士と一括りにいってしまえば、たった一つのイメージでしか像が結ばないが
武士の生きた時代は、平安から明治にかけて千年もあったのだ。その間に変遷があってしかるべきではな
いか。本書を読んで、そういったことを思い浮かべてしまった。やはり時代小説はおもしろいな。


 というわけで今年のベスト10選出いたしました。来年はもっと多くの本を読んでいきたいと思っております。宮部みゆきの「ソロモンの偽証」もまだ第一部を読み切ってないからね。とっとと読まなきゃ。
 
 では、今年もお付き合いありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。