仲のいいともだちだった君が、ある日とつぜん素っ気なくなってしまった。朝の登校でいつもの待ち合わせ場所にいないことからはじまり、学校で目があっても「おはよう!」と言っても、無視された。
何この塩からい気持ち。休み時間に会いにいっても君はぼくから逃げた。なぜか君は怒っていた。こころなしか目に涙があったような気がした。ぼくが伸ばした手は何もつかむことができず空をさまよった。
全身に青い毒が行きとどいて、ゆっくり確実に死んでゆくような絶望感だ。きのうまでは普通に楽しくやっていたのに。やはりあの別れ際に言った言葉がいけなかったんだ。ぼくは急ぎすぎた。でも、自分の気持ちにウソをつきたくなかった。もう眠れない夜をすごすのがいやだった。あまりにも考えごとに集中しすぎたため、ぼくは三回車に轢かれそうになり、五回つまづいて、二回ネコの尻尾をふんづけた。
はっきりさせたい。そう思っただけだ。変なことは言ってない。ぼくは友だちのままでいるのが苦しくなった。だからその先にすすもうとしただけだ。これはジョークなんかじゃない。友だちか恋人かはっきりさせたかったんだ。
崩れる夕陽がにじんで、おおきな夜におしつぶされるまでぼくはいつもの場所でぼんやり金星を見ていた。足元に砕けたガラス瓶が散乱していて、そこにうつった残照が赤く燃えていた。ここは二人が幼いころからよく遊んでいた板金工場の跡地だ。屋根と三方の壁だけが残っていて、一応出入り出来ないよう仮設のフェンスで仕切ってあるが、子どもにとってはそんな対策は無意味であって、ちょっとした綻びからいくらでも出入りできた。そこにはあまり見かけない変わった道具や資材なんかが放置されていて、ぼく
らにとっては宝の山だったし、誰にも邪魔されずに遊べる秘密基地だった。
すっかり暗くなってしまった。見たことのない虫の鳴き声がそこら中から聞こえてくる。ぼくの選択は間違っていたのだろうか?一歩踏みこみすぎてしまったのだろうか?どうしてこんなことになってしまったのか。答えを出そうと焦って、さらに悩み多き事態に自分を追いこんでしまった。
「ゆうちゃん!」君の声がした。「ごめん、どうしたらいいかわからなくなって」
黒いシルエットになった君は、鞄を抱えたまま立ちつくしていた。だから表情は見えない。
「なんか、こわかったの。いまの世界が壊れそうな気がして」
「ごめん、ぼくも急にあんなこと言って。――――君の気持ちも考えずに」
君はいやいやをするように頭を振った。「ううん、そんなことない。びっくりしただけ。気持ちが落ちつかなくて、ゆうちゃんと向き合うのにいままでかかっちゃった」
ゆっくり近づく君。あたたかさの波動がしたたかにぼくに打ちよせる。そして、心地いい君の匂い。
「ありがとう。ゆうちゃん。うれしかった」そう言って君はぼくの腕の中に。ぼくは強く君を抱きしめる―――――――はずだった。
しかし、君は消えた。ぼくは何も抱きとめられなかった。さっきからずっと頭の中で警告音が鳴っている。逃げろ。逃げろ。はやくここから立ち去れ。散乱したガラス瓶に黒い液体がついている。あれ?さっきは赤く見えたのに、いまは黒いネバついた液体だ。どうしてだろ?手がジンジンしびれている。まるで何か固いものをおもいっきり殴ったときみたいに。わけがわからない。それにさっきから変な匂いが漂っている。ぼくは、その場をあとにした。何かをまたいだ。白い物体。変な匂いのするもの。
そして夜に溶けこんだ。