読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「双頭のバビロン」

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 頽廃の都市バビロン。本書ではそれはハリウッドと上海に象徴される。そしてゲオルグユリアンの融合双生児がそこに配され、先行きのまったく読めない濃密な物語が語られる。  
 
 世紀末のウィーンで産声をあげた二人は手術によって引きはなされそれぞれ別の道を歩むことになる。

 

 奇妙な縁と運命が交錯し、それが華麗で壮大な輪舞曲を奏でる。

 

 まさに、物語に淫した作品だ。描かれる世界と舞台装置、扱われるテーマそして時代。あまりにも使い古された例えだが、ぼくはこれが翻訳作品だといわれても疑うことはなかっただろう。それほどに重厚で確たる雰囲気をまとった作品なのだ。

 

 本書では、まだサイレントだった時代の映画の世界の趨勢が色濃く反映されていて、それが物語を大きく動かしてゆく。創成期の映画の世界は活気と熱気にあふれ夢と希望が支配し、シンフォニックな華やかさが強調されているのだが、やはりそこにも権謀術数は存在し、人々の思惑がまねく黒い渦が大きく歴史を動かしてゆく。

 

 そして、その魅力的な物語はそれぞれの登場人物の語りによってすすめられてゆく。実は、そこにはすでに作者のしたたかな仕掛けが施されていて、ミステリ的な興趣も盛り込まれてゆく。ラスト近くで披露されるある殺人に関してなど、思わぬどんでん返しが用意されていたりして楽しめた。

 

 双生児、映画史、上海、京劇、ハリウッド、ウィーン、ハプスブルク、精神感応。これらのキーワードが織りなす運命譚は、しっかりと地に足のついた磐石の布陣で展開され、あまりにも魅力的な物語世界を現出させる。実のところぼくはこの本をわざとゆっくりと読みすすめた。途中に何冊も別の本を読んでリセットしながら読んだ。一気に読んでしまってはあまりにももったいないと感じたのと、できるだけ長い時間この素敵な世界にとどまっていたかったからだ。決して、これが正しい読み方だとはいわないが、そうすることによって、より濃くぼくの中にこの世界が残った。とても幸せな読書だった。