読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

丸太男とチビ助

 旅の途中、裸山に差しかかる峠を歩いていると前から奇妙な人物が馬に乗ってやってきた。どこが奇妙なのかというと、まだ遠目なので不確かなのだが、どう見てもその人物の顔から太い丸太が飛び出しているのである。信じられない光景だがどうも間違いないようだ。いまでは細部までよく見えるから間違いようもないのだが、この甲冑をつけた御仁は顔のど真ん中から1m足らずの丸太を生やしているのだ。やがて
目の前まで来た御仁は馬を止めるとこう言った。

 「桑島の百人塚に朱色の嘆願書を出したうつけ者とはお前のことか?」

 この人どこから声を出しているんだろう?ほんとに顔のど真ん中から丸太が生えてるではないか。

 いったいどうしてこんな事になってしまったんだろう?

 驚くばかりで声も出せない。

 「どうした?なぜ何も言わぬ。やはりお前がそうなのか?」なにやら不穏な雲行きになってきた。

 よくわからないが、どうやらぼくはなんらかの嫌疑をかけられているらしい。とにかく疑いを晴らすことが先決だ。そう思って無理やり口をひらこうとしたその時、もう一人新たな人物がやってきた。そいつは袖なしの着物をきた若いチビ助で、背に自分の身長より長い刀を背負っていた。

 おいおい、またややこしいのが来たぞ。いったいここはどういうとこなんだ?まともな格好した奴はいないのか?そいつは頭のてっぺんから出しているような甲高い声でこう言った。

 「夜と昼の間を行き来するとは、うぬもよほど気が急いているとみえるの」

 これを聞いて丸太男は見えない鼻を鳴らした。

 二人はどうやら知り合いらしい。

 なんか、のっぴきならない状況に追い込まれてるぞと思ったが、この場を打開する案もないぼくはとりあえず様子をみることにした。

 二人は並んで立っている。どちらにせよぼくは嘆願書なんか出してないし桑島も百人塚も初めて聞く名称だった。

 「しらをきるなら、こちらにも考えがある。言わぬなら言わせるまでよ」

 そう言い放つと丸太男は腰の大刀をすらりと抜きジリジリとこちらに近づいてきた。

 「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなこと言われてもぼくは旅の途中で初めて此処を通ったんであって、あなたが言ってることは一言一句わからないんですよ」

 しかし丸太男はよほどの自信があるらしくぼくが張本人だと信じ込んでるようで態度をかえる気はさらさらないらしい。もう一人のチビ助もニタニタ笑うばかりで埒があかない。

 いったいこの窮地をどうやって脱したらいいんだろう。

 ジリジリ近づいてくる丸太男と間合いをあけてぼくも少しずつ後退していった。

 疑いを晴らすことができないのなら逃げるしかない。疑われたままというのは本意ではないが命にはかえられない。

 ぼくは身を翻して一目散に駆けだした。振り返ると丸太男は馬に乗って追ってこようとしており、チビ助の方は四つん這いになって駆けだしてくるところだった。万事休す。これではとうてい逃げ切れるわけない。相手は人間ではないのだ。これじゃあまるで山風忍法帖の世界ではないか。

 それでも一縷の望みを託してぼくは走った。

 走って、走って、走りまくってやがてぼくの足は目に見えないほどはやく動いて両手を水平に突き出すと少し身体が浮いてきた。そのまま加速。崖っぷちまできたぼくは、スピードをキープしたまま崖から飛び出した。すごい!空を飛んでる。けっして落ちてるんじゃない。ぼくは空を飛んでいる。

 必死で後ろを振り返ると、丸太男とチビ助が崖っぷちに立ってぼくを見ていた。

 優越感にひたって暢気にかまえていたのがいけなかったのか、ぼくは失速した。クルクル回転しながら、胃の中のものをすべてぶちまけながらぼくは落ちていった。

 そして落ちたところが映画館。

 ぼくは誰かと映画を観てる。内容は憶えていない。かなりおもしろい映画だったような・・・。

 連れは、たぶん男みたいなのだが誰なのかはわからない。なぜなら、顔の部分だけ影になって真っ黒なのだ。すると小さな男の子が通路をヒタヒタと駆けてぼくの隣でピタッと止まると

 「お兄ちゃん、お父さんさがしたよ」と言った。

 それを聞いた途端、隣に座ってる人はぼくの父親なんだとわかった。わかった途端真っ黒な影が消えてその人の顔が現われた。

 でも、その人はぼくの父親でもなく見たことも会ったこともない人だった。

            ― Fade Out ―