読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

夢の競演・・・・そして続編

 ほぼ気を失いかけたところで、誰かのごつい手に抱かれて持ち上げられる感覚があった。だが、そこで意識は遠のきぼくは忘却の彼方に置き去りにされた。次に目が覚めたときには、ぼくはあたたかい部屋の中でふかふかのベッドに寝かされていた。顔がチリチリして痒くなったので掻こうとしたら、両手ともに包帯でぐるぐる巻きにされていた。自分のおかれている状況がよく把握できない。いったい何が起こったんだ?そこでドアがノックされ男が入ってきた。ヴィクトリア朝のフリルのついたシャツに長いリボンをつけた長身の男だ。

 「目が覚めたか?」

 多分、ぼくは呆けた顔をしていたのだろう。男は少し微笑んでぼくの足元に腰掛けると興味深げにぼくを見つめてからこう言った。「残念だが、君の奇妙な仲間は救えなかった」

 そこでぼくは思い出した。極寒の海を、すべて凍りついた真っ白な世界を。バタバタと続けて死んでいった二人の天狗を。

 「死んだ?みんな死んだんですか?」唖然とするぼくに男は諦念にも似た表情を浮かべ残念そうに首を振ってこたえた。

 「ああ、みんなダメだった。われわれの技術では救うことができなかった。唯一生き残ったのが君だったというわけさ」

 あのチュアブルがあれば、きっと彼らを救うことができたのにと思うと、悔しくて涙がこぼれた。

 「そう気を落とすな。仲間を失ったことは悲劇だが、とにかく君は命をとりとめた。両手と両足は凍傷にかかっているし、何本かの指は失うかもしれない。けど、君はとにかく助かったんだ。いまは身体を休め一日もはやく回復するように専念することだ」そう言って男はぼくの肩をやさしくたたいた。

 気を取りなおしたぼくは、ようやく大事なことに思い至った。

 「助けていただいて、ほんとうにありがとうございました。それにこんなに丁重にしていただいて、このご恩は一生忘れません。よろしければ、お名前をお教え願えませんか」ぼくの言葉を聞くと、男は立ち上がり恭しくお辞儀をしたかとおもうと、大仰にもったいぶってこう言った。

 「アーサーです。アーサー・ゴードン・ピム。どうかお見知りおきを」

 その名を聞いたぼくはあまりのことに驚いてしまって、声も出なかった。この人があのポーの物語に出てくるアーサー・ゴードン・ピムなのか!では、いまこの場面はどこの場面なんだろうか?この寒い状況から考えると、やはり南極にたどり着いているのだろうか?

 そうこうしているうちにまたノックの音がして、もう一人男が顔をのぞかせた。

 「アーサー、そろそろ到着しそうだ。こっちへきてくれないか」

 「わかったデイヴィッド、すぐ行くよ。このお客さんがお目覚めだったものでね」

 それを聞くとデイヴィッドと呼ばれた男はぼくに目配せしてこう言った。

 「ご気分はいかがですか。大変な目にあわれましたね。わたしはデイヴィッド・コパフィールドと申します。よろしくお願いいたします」

 もう驚きをとおりこして、再び気を失いそうだった。アーサー・ゴードン・ピムにデイヴィッド・コパフィールドとは!いったいどうなってるんだ?次は誰が登場するんだ?シャーロック・ホームズか?ヒース・クリフか?だが、そんな夢想も遠くから聞こえてきた奇妙な声にかき消されてしまった。それはこんな風に聞こえた。

「テケリ・リ!テケリ・リ!」