読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

筒井広志「オレの愛するアタシ」

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 これ、もう絶版なんだろうな。ぼくが読んだのも、もう二十年以上前だもんな。しかし、そんな昔に読んだ本がけっこう鮮烈に記憶に残ってたりするのである。本書のことを知らない方でも、勘のいい人ならタイトルを見ただけでピンとくるだろうが、本書で描かれるのは男女の入れ替わりだ。

 いままで、小説にとどまらず映画やドラマでもこの入れ替わり物っていうのはコメディの王道をゆく名シチュエーションであって、思いつくだけでも映画「転校生」やそれの原作となった山中恒の「おれがあいつであいつがおれで」、最近ではドラマにもなった五十嵐貴久の「パパとムスメの7日間」なんてのもあったし、かのクドカンも「ぼくの魔法使い」でこのテーマを扱い、ちょっとニュアンスが違うかもしれないが氷室冴子とりかへばや物語を下敷きにした「ざ・ちぇんじ!」はかなりおもしろい作品だった。

 とまあこんな具合にこの入れ替わり物についてはけっこうな数の作品がつくられているわけなのである。

 そんな中で、いまさら対してめずらしくもないこのテーマを描いた本書をわざわざ紹介して、なんのメリットがあるんだ?とお思いの方も多いと思うが、ちょっと待っていただきたい。いまでは絶版で、古本屋でしかお目にかかれないこの本をあえてここで紹介するのは、それなりの理由があるからなのである。

 それは何かと言いますと、本書がこのテーマの暗黙の了解を破って、大人の男女の入れ替わりを真正面から描いているからなのだ。ちょっと、ちょっと待って、まだ見捨てないでいただきたい。これは大真面目で言ってるのだから、あなたも真面目に聞いてちょうだい。

 大人の男女の入れ替わりと聞いて、ちょっとニヤけちゃったあなた!あなたも、待っていただきたい。確かに本書には、そういう場面もある。身体が入れ替わった二人が事に及ぶのだが、そこで読者の期待は見事に裏切られるから、本書はおもしろい。いったいどういうことなのか、これは実際読んでみていただきたいのだが、特に男性諸君はここで大きく仰け反ってしまうことだろう。ま、他にもエッチな場面はあって、そういう面ではなかなかに楽しめたりするのだが、ぼくが本書を紹介したいのはそんな理由からではない。なにが素晴らしいといって、本書で描かれる女性の身体になってしまった男性の戸惑い、不安、そして驚きがこれほど新鮮にそして大胆に描かれている作品は他にお目にかかったことがないのだ。それは、あまりにも日常に則した描写でグイグイ読者にアピールされる。おおそうか、こんな気持ちになってしまうのか、なるほど女性はいつもこんな感覚でいるのか、男と女はこういう風に違っているのか等々。

 確かにスカートがスカスカしてて気持ち悪いなんてベタな描写もあるが、それを補ってあまりある数々のエピソードにまさにページを繰る手がとめられないおもしろさなのだ。そして、本書最大のクライマックスともいえる出産の場面。これを体験する男性はこの世に一人もいないだろうが、本書を読んで、ぼくは出産の神秘と感動の一端を確かに実感したのである。女性で出産の経験をされてる方にとったら、これ程おこがましい話もないのだろうが、男性のぼくとしてはこの出産の場面でおおいに感動し、涙さえ滲んでしまったほどなのだ。

 とまれ、本書は絶版だ。図書館にはあるだろう。古本としてもかなり容易に手に入るだろうと思われる。

 今回のこの一文を読んで興味をもたれた方がおられたら、どうか読んでいただきたい。そして、正直な感想を述べていただきたい。ぼくはいろんな方が本書をどう思われるかが、とても気になるのである。