この本を読むまでは秀吉といえば下克上であり、立身出世の鑑として貧しい出自から己の才覚だけで天下をとった男というイメージがあった。
しかし、しかしである。この風太郎太閤記の醜怪で異様な秀吉の姿をみよ。
秀吉の原動力は『女』なのだ。ただ『女』を求めるためだけに秀吉は天下をとった。
真実がどうだったのかというのは、この際関係ない。風太郎の描く秀吉は実に真にせまって読み手に伝わってくる。実際こうだったのだと信じてしまうくらいに、その人物像は生きている。
史実の裏をとらえる風太郎歴史眼はまさに独壇場で、今なお謎とされている秀吉や信長の言動が鮮やかに解明される過程はまるでミステリそのものである。
本能寺の変の真相が本書に描かれるとおりだったかどうかは誰にもわからない。しかし、風太郎の手にかかれば、それは異様な光芒をはなってくる。
まさに、それが真実なのだ。その圧倒的な世界観は、読む者を狂わせる。いかにそれが異形であっても、デフォルメされてても、そこにいる秀吉が真実なのだ。
秀吉は冷徹で女に妄執を抱く醜怪な謀略家である。事実ここまでしなければ、秀吉にはなれないのだと思う。上下二巻圧倒的なリーダビリティを備えた本書は、風太郎ならではの持ち味を活かした傑作。
その小説作法のうまさに酔い痴れていただきたい。