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荒山徹「高麗秘帖―朝鮮出兵異聞 李舜臣将軍を暗殺せよ」

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 豊臣秀吉が行った最大の愚行である朝鮮出兵。1592年に、発動したこの大規模侵略は、朝鮮水軍率いる李舜臣の活躍で撤退を余議なくされた。三年にも及ぶ講和交渉は決裂し、秀吉の号令のもと1597年ふたたび出兵することになる。これが世にいう『慶長の役』である。


 本書はその慶長の役を舞台に、李舜臣の命を狙って暗躍する日本側の忍びと、それを阻止しようとするこれまた日本側の忍びの攻防を描く荒山徹のデビュー作なのである。


 いまの概略を読んで変に思った方もおられると思うのでもう少し詳しく説明しよう。日本側が戦局の要となる李峻臣を暗殺しようとするのは理にかなった展開だ。しかし、どうしてそれを阻止するのがまた日本側なのか?それは、この無益な戦いを終結させ、多くの人命を救おうと心底願っている小西行長が存在する所以なのだ。


 こうして、物語は大きく動きだす。そこに様々な人が絡んでくる。日本人でありながら朝鮮側について活躍する降倭兵(朝鮮側が寝返った日本人に対して用いる蔑称)の沙也可や朝鮮人でありながら、この国に見切りをつけて日本側に協力する霞。それに前の戦で兄を殺され、その復讐に燃え立つ海賊大名の来島通総と彼が遣う最強の海女軍団、それに朝鮮の海にいるという伝説の巨亀まで登場して、もうえらいこっちゃの一大スペクタクル巨編になってしまっているのである。


 総ページ630あまりのなかなかの読み応えだ。朝鮮出兵については、もちろん細部までどんなことがあったかなんて知らなかったが、本書を読了後いろいろ調べてみると、ここで描かれる基本の出来事はほとんど史実なのだそうだ。そこに作者である荒山氏は伝奇要素をたんまりと盛り込み、潤沢で骨太の物語を構築しているのである。だから少々突飛な事が起ころうとも物語はまったくゆるぎなく堂々とすすんでゆく。ほんと頼もしい限りなのだ。


 解説で北上次郎氏が山田風太郎柴田錬三郎隆慶一郎を引き合いに出して本書を紹介しているが風太郎マニアの一人として言わせてもらうと、本書はまだまだ風太郎の足元にも及ばない。あのおもしろさの域にはまだ達してはいない。しかし、充分おもしろい。これだけのページ数を飽きさせもせず最後まで読ませるのだから、かなりのものである。これからもどんどん荒山作品は読んでいきたいと思わせるおもしろさが本書にはあった。


 先ほども書いたがこれはデビュー作。これ以降どんな作品が展開されてゆくのか楽しみな限りである。