読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

頭木弘樹編「トラウマ文学館」

けっこう耐性は強いほうなので、なんでもこいって感じなのだが、こうみえて子どもの頃はなかなかの怖がりだった。その頃は本を読む習慣はなかったのでもっぱらテレビばっかりみていたのだが、その頃にであったトラウマが今でも記憶に残っている。心底恐ろしかったのが、クリストファー・リーの「吸血鬼ドラキュラ」。あのクリストファー・リーの青白い顔の中でらんらんとぎらつく血走った眼、牙の生えた口元に垂れる真っ赤な血。ラストの場面でヘルシング教授が杭とハンマーを手に城の中に入ってゆくのを観て、どうしてわざわざそんな怖いところへ行くの?と子供心に歯を食いしばるほどヤキモキした。

 「未来惑星ザルドス」もずっと記憶に残っている。あの浮遊する石像ザルドスの恐ろしい顔は、しばらく悪夢の主人公となった。だから、シャーロット・ランプリングの美しさが強調されて残ってるんだろうけどね。ショーン・コネリーはあの当時からハゲてたような・・・。

 その他、子供の頃に観たら必ずひきつけをおこしてしまう映画は何本かある。ホドロフスキーの「エル・トポ」、ウォーターズの「ピンク・フラミンゴ」、グリーナウェイの「ZOO」、邦画では寺山修司の「田園に死す」なんか強烈だよね。でも、これらはぼく自身は思春期を過ぎてから観たのでさほど影響は受けなかった。

 おっと、無駄話で500文字以上書いちゃった。というわけで「トラウマ文学館」なのである。ぼくはこの頭木弘樹氏の編むアンソロジーが大好きなのでありまして、前回「絶望図書館」で大ファンになったのだが、いわばネガティヴな要素を芯に様々な作品を選んでいるにもかかわらずそれがバラエティに富んだチョイスですこぶる楽しめちゃうお得なアンソロジーなのだ。

 今回もかなりお得なラインナップとなっている。

【第一展示室「子どもの頃のトラウマ」】

  「はじめての家族旅行」直野祥子

  「気絶人形」 原民喜

【第二展示室「思春期のトラウマ」】

  「テレビの受信料とパンツ」 イ・チョンジュン

  「なりかわり」 フィリップ・K・ディック

【第三展示室「青年期のトラウマ」】

  「走る取的」 筒井康隆

  「運搬」 大江健三郎

【第四展示室「大人になって読んでもトラウマ」】

  「田舎の善人」 フラナリー・オコナー

  「絢爛の椅子」 深沢七郎

【第五展示室 「中年期のトラウマ」】

  「不思議な客 (カラマーゾフの兄弟より)」 ドストエフスキー

  「野犬」 白土三平

【第六展示室 「老年期のトラウマ」】

  「首懸の松(吾輩は猫であるより)」 夏目漱石

  「たき火とアリ」 ソルジェニーツィン

【喫茶室TRAUMA 番外編】

  「誰も正体をつきとめられなかった幻のトラウマドラマ」

 
 細かくすべては紹介しないが、見てのとおりかなりバラエティに富んでますでしょ?でも、ぼくがこの中で一番キツかったのが巻頭の少女漫画「はじめての家族旅行」だ。これは、幼いころから見続けた悪夢の総本山みたいな話で、誰でも心当たりあるんじゃない?でも、本来これは悪夢の範疇であって現実にはなってはいけないことだから、ここまでの経験をした人はいないだろうけどね。どうですか?読んでみたくなったでしょ?感慨深いのは筒井康隆「走る取的」。もう何十年も前に読んだのだが、鮮明に憶えていたってことが恐ろしい。それだけインパクト強いんだよね、この短編。

 というわけで、このアンソロジーかなり楽しめちゃいますぞ。