こういうアンソロジーが大好きなのです。伊坂氏の作品は最初期の「重力ピエロ」を読んで、まったく合わず、「チルドレン」は、すごく良かったけど、あまり積極的に読まない作家さんなんだけど(でも、映画の「フィッシュストーリー」は、すっごくおもしろかったよね?)、彼が編んだアンソロジーは興味ありありなのだ。
ラインナップは以下のとおり。
永井龍男「電報」
絲山秋子「恋愛雑用論」
阿部和重「Geronimo-E, KIA」
中島敦「悟浄歎異」
島村洋子「KISS」
横光利一「蠅」
筒井康隆「最後の伝令」
島田荘司「大根奇聞」
大江健三郎「人間の羊」
まあ、これだけいろいろ毛色が違った作品が並ぶと、おもしろいよね。最初のほうは、これといって特別感もない作品で、日常を切りとっただけなんだけど、それでも読ませる。特に絲山秋子のなんて事務員と営業の客の会話だけで成立している話なんだけど、こういう関係ってあるもんね。で、こういうノリで話したりするもんね。内容なんてあってないようなもんで、この雰囲気が素晴らしい。
伊坂氏は敬愛しているみたいだが、ぼくは阿部和重という作家に身構えてしまう。なんだが、固すぎて歯が立たず、部厚すぎて向こう側が見えないって感じ?まだ、この人の長編読んでないからなんとも言えないんだけど、このぼくの感じとる嗅覚はなかなかいい仕事するんだよね。
中島敦は、教科書で「山月記」読んで、毛嫌いしていたんだけど、これはおもしろい。誰もが知っている(ほんとか?)西遊記の世界を沙悟浄の目を通してトレースしてるわけなのだが、沙悟浄のある意味哲学者めいた述懐と分析がこの世界の成り立ちを際立たせている。理屈が真っ当なだけにかなりの説得力なのだ。
島村洋子「KISS」は、枯れているようで、ほのかに甘酸っぱく、でもほんのり辛い話で、これがすべて合わさると『せつない』感情が生まれる。ぼくなら、こういう行動はとらないと思うけど、作品として味わうのはOK。
横光利一「蠅」は、たしか高校の国語の教科書に載っていたのではなかったか?授業中に読んだ憶えがある。短い作品ながら簡潔で衝撃的な群像劇で、タイトルになっている蠅は実際のところ何もしないんだけど、それを媒体として俯瞰することで、物語が成立しているというわけ。
筒井康隆「最後の伝令」は、むかーしに読んだ記憶があったけど、当然細かい内容は忘れていて、ほとんど初読の感じ(笑)。「ミクロの決死圏」という映画があって、のちにアシモフが小説にしていたが、あれの筒井版だね。最後の驀進してくるものが何なのか気になる~。
「大根奇聞」初めて読みました。謎を解くのは御手洗です。すとんと、落ち着く解決が気持ちいいよね。島田荘司の時代物テイストとしては「暗闇団子」のほうが好きだけど。
大江健三郎も、あまり得意じゃない作家なのである。だから初期の短編集「死者の奢り・飼育」一冊読んで離れちゃったんだけど、ということはこの「人間の羊」も読んでいるはずなんだけど、まったく憶えてませんでした。でも、再読してもやはりあまり好きじゃない。
というわけで、なかなか楽しめました。お次はノーザンブルーベリーいってみよう!