このアンソロジーにミステリのおもしろさを求めてはいけない。ミステリのおもしろさとは、謎と解決のカタストロフィだ。それに付随して、様々な事象が取り沙汰されたりして、おもしろさが加味されるわけだが、先に書いたとおり、本書にその常套のミステリ的おもしろさを求めてはいけないのである。
さて、ではここで描かれるのは何なのか?という問いに答えてこの本の感想としたい。では、まず収録作をば。
「科学探偵帆村」 筒井康隆
「文久二年閏八月の怪異」 町田康
「フェリシティの面接」 津村記久子
「遠眼鏡」木内昇
「わたしとVと刑事C」 藤野可織
「音譜五つの春だった」 片岡義男
「捕まえて、鬼平!~『風説』犯科帳~」 青木淳悟
「三毛猫は電氣鼠の夢を見るか」 海猫沢めろん
「銀座某重大事件」 辻真先
「a yellow room」 谷崎由依
「ふくろうたち」 稲葉真弓
「ぼくの大伯母さん」 長野まゆみ
「四人目の男」 松浦寿輝
どうですか。結構、豪華な顔ぶれじゃない?それぞれ趣向を凝らしていておもしろい。まずモデルの探偵が主人公になっているのが筒井康隆の帆村荘六、これは海野十三のキャラクター。町田康は岡本綺堂の半七。津村記久子はクリスティのポアロかマープルに登場したフェリシティというキャラクターを主人公にしているそうだが、その人物はあまり印象に残っていない。木内昇は明智小五郎が登場して、なかなか笑わせてくれる。ぼくの持っている明智小五郎の印象とは程遠い野暮ったい人物像で奥さんが毛深いってのがいいじゃない。とんで、青木淳悟はタイトルでもわかるとおり鬼平で、これはなんとも形容しがたい作品。遊んでいるようで、しっかりしている。海猫沢めろんは三毛猫ホームズが主人公。でも、これ近未来SFって設定で赤川次郎は絶対書かない話だよね。辻真先は金田一耕助が名をはせる前の騒動を描いた一編。谷崎由依はルルーの「黄色い部屋の秘密」を幻想譚にトリッキーに描いた作品。
その他の作品はミステリの器に盛られた色とりどりの花びらだ。それぞれが、一定の水準を保って何かに挑戦している。印象深かったのは松浦寿輝の「四人目の男」。チェコを舞台に悪夢を彷徨う一編となっている。
というわけで、ミステリ本来の旨味とはまた別の旨味にあふれたアンソロジーなのであります。