読書の愉楽

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ジェイムズ・エルロイ「クライム・ウェイヴ」

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 本書は小説や犯罪ルポやエッセイなどを収めたエルロイの作品集だ。普通、こういうフィクションとノンフィクシションが混在してる本を読むと、それが同じ作者のものであったとしても温度差を肌で感じてしまうものなのだが、エルロイはその境界がまったくなくて驚く。どちらを読んでも常に文章が沸騰している印象を受けるのだ。

 

 周知のことだが、エルロイは幼いころに母親を何者かに惨殺されている。その事実が彼の心に深く深く食い込んでいる。ほとんどその事に心を奪われている。彼は事件から三十年以上経てからそれを再調査し、その事を文章に残した。それが本書に収録されていて、のちに「わが母なる暗黒」に結実する「マイ・マザーズ・キラー」だ。とても短い作品だが、まるでガラスの破片の上を裸足で歩くような苦痛と懊悩に満ちている。エルロイはこの作品の最後をこう締めくくっている。

 

 『負い目は膨らむ。あなたの最期の恐怖は、わたしの手を焼く炎。あなたを愛していると言って、あなたの力をそぐつもりはない。』

 

 小説作品は、暗黒のLA四部作にも登場したハッシュハッシュ誌の記者ダニー・ゲッチェルを主人公にした「ハッシュハッシュ」と「ティファナ・モナムール」。そしてこれも長編からの再登場となるディック・コンティーノを主人公にした「ハリウッド・シェイクダウン」の三編が収録されている。

 

 で、一読して狂喜乱舞してしまったのがゲッチェルが主人公の二編。これ、何がすごいといって頭韻で文章を構築しているのだ。たとえば以下の文章をちょっと読んでみてほしい。

 

 『まったくマッチョでない、まやかしのマザコン男。』

 

 『特ダネ狙いのトップ屋たちに、とっておきの闘犬を解き放つ、とんでもない唐変木。』

 

 『トルティーヤ風のトタン屋根の下の、度はずれの泥臭い奴隷工場。』

 

 ね?頭韻踏んでるでしょ?これって翻訳大変だったろうな。通常の三倍くらいの時間がかかったんじゃないだろうか。とにかくこの小説は一読すれば誰でも驚くこと間違いなしなのだ。内容にしてもブッ飛んでいて「ティファナ・モナムール」にいたってはあのフランク・シナトラとサミー・デイヴィスJr.が登場してもう無茶苦茶しちゃうのである。ほんとこんな小説読んだことない。ま、なんであれこの三編の小説を読んだだけでもうどっぷり50年代のアメリカのきらびやかな泥濘にはまりこんでしまった。甘く、カラフルですべてがシンプルだったあの時代、ドゥー・ワップとルートビアと水玉で彩られたあの時代、しかしそれもエルロイにとっては暗黒の時代だったのだ。
 
 黄金期のアメリカ、大型家電と大きな夢に覆われていた往年のアメリカ。しかしそこでは策謀と策略、さまよえるユダヤ人とさらけだされる差別、さらなる不安とさしせまった危機にさらされていた。ぼくみたいな冒険心も持ちあわせていないぼんくらにとっては、茫然と棒のように立ち尽くすしかない暴挙のように思われるが、執念にとらわれたエルロイは、死と情念をたぎらせ焦点をしぼった視座で恣意的に感じるほど自然にシーンを切りとってゆく。

 

 そんなエルロイも本書ラストに収録されている「レッツ・ツイスト・アゲイン」では青春時代を振り返り郷愁と叙情をもちあわせるやさしい面も見せている。

 

 エルロイ。狂犬と呼ばれる男。そんな彼のCRAAAZYな才能を堪能できる本書、興味をもたれた方は是非お読みください。