読書の愉楽

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「開化の殺人-大正文豪ミステリ事始」

開化の殺人-大正文豪ミステリ事始 (中公文庫 ち 8-11)

収録作は以下のとおり。

 「一般文壇と探偵小説」江戸川乱歩

 「指紋」佐藤春夫

 「開化の殺人」芥川龍之介

 「刑事の家」里見弴

 「肉店」中村吉蔵

 「別筵」久米正雄

 「Nの水死」田山花袋

 「叔母さん」正宗白鳥

 「「指紋」の頃」佐藤春夫

  解説  北村薫

 副題に「大正文豪ミステリ事始」とあるとおり、現代のミステリに慣れ親しんだ我々からすれば、そんなもんかな的な作品ばかりなのだが、それはミステリの水準という観点から語ればという話で、なかなか面白かった。巻頭の文章で乱歩が『大正期文壇の一角に燃え上がった、かくの如き犯罪と怪奇への情熱』と評した大正七年夏の「中央公論」臨時増刊「秘密と開放号」の創作欄には芸術的新探偵小説と銘打って、上記の作品群が(巻頭の乱歩と「指紋」の頃は除く)並んでいたそうで、マニアにとっては読みたくてもなかなか読めない作品が文庫で手軽に読めるまさに待ってました的なアンソロジーなのだそう。と、これはかなりの紙幅で解説を書いている北村氏の弁。

 ほんと今では気軽に読むこと叶わぬ作家ばかりで、アンソロジー好きには魅力的な本なのだが、佐藤春夫の文章にはちょっとイライラした。先日読んだ「うんこ文学」に収録されていた随筆や本書のラストの「「指紋」の頃」を読んでもなんともないのに小説になると、なんじゃ、こいつは!とその悪文に腹が立つ。いったいこの人は小説になると何かが憑依するのか?というほど文法が変わって読みにくい。もしかしたら、この「指紋」の頃は駆け出しだったからまだ文章が未熟だったのだろうか?いや、そうであって欲しいと願います。

 あとに続く作品はそのほとんどがこういう結末になるんだろうなとわかってしまう、いや逆にいえばなんのヒネリもない作品ばかりなのだが、その中でも特筆すべきは里見弴と正宗白鳥だ。

 前者は、現代ではまったく考えられないシチュエーションの話なのだが、これがまったく結末を読めなかった。不穏な雰囲気と落語のようにストンと落ちる結末。すべて解決していないのに、幕切れはあざやか。解説で北村氏が書いているのだが、芥川龍之介がこの中央公論の増刊号を読んで「第一里見第二サトウだよ」と言っていたそうで、佐藤はともかくぼくも本書の中で一番上手いのは里見弴だなと思った次第。

 正宗白鳥は、もはやミステリとか探偵小説とかではないから面白い。他の作品のように謎も犯罪もないからね。でも、この作品も読めて良かったなと思うのである。美しい叔母さんに抱く思い。子どもの頃に接したあの美しい叔母さん。いまでは歳を重ねているけどその憧憬はゆるがない。叔母さんの思わせぶりな振る舞いもそのまま。そこで生まれる逡巡と身体の不調。なんじゃ、これは!

 とにかく、長い解説もひっくるめて資料的な意味も兼ねて本書はなかなか貴重なのであります。