なかなか興がのらなかった。主人公がなんとなく悲痛で影が濃い感じがして、共感しづらかったのである。そんなこんなで読了するのに一カ月以上かかった。
タイトルのデフ・ヴォイスとは単純にろう者の声という意味だ。含みとしてろう者が社会に向けて権利を訴える活動を指すこともあるそうな。
主人公の荒井尚人はろう者の両親の元に生まれたコーダ(Children of Deaf Adults=聴者)である。もともと警察の事務職として働いていたが、ろう者が容疑者となった事件の手話通訳として協力し苦い経験をした上に、警察内部で横行していた横領に加担せず警察を追われるようにして辞めた過去をもつ。現在は手話通訳士の資格を取得し、ろう者と聴者の橋渡しをする仕事についている。しかし、そこに窃盗未遂で起訴されたろう者の法廷通訳の依頼があったことからふたたび過去の辛い事件と対峙することになる。
先にも書いたがこの主人公、聴者ゆえの苦悩というものを内に秘めているのである。それはなかなか浮上してこないが、ろう者の家族の中で自分だけが聴者だったという家庭事情に由来するもので、その過去の影がつねに荒井自身を覆っている。
事件自体はミステリとしてのサプライズがあるわけでもなくいたってオーソドックスな展開なのだが、そこにいたる紆余曲折はしっかり描かれている。個人的な意見だが、欲をいえばサブのキャラクターの描き分けをもうすこし明確にしてほしかった。あれ?だれ?この人って何回か戸惑った。
読了してみれば、途中感じたストレスもみんな消えてしまった。というか、次の話も読んでみたいと思った。聴者とろう者、異なった環境ではそれぞれの立場でものを見、考えるというお互いにとっての当たり前が通用しないという事実になかなか気づかない。本書の主人公である荒井は、それをどちらの立場でも考えることができるコーダだからこその考え、行動をとる。彼の判断は断定でも断罪でもない。だからこその読み心地なのだ。
