読書の愉楽

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宇月原晴明「天王船」

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本書は短編集である。「黎明に叛くもの」のC★NOVELS版は、四冊に分冊されて出版されたのだが、そのとき外伝として各巻に書き下ろされた短編を一冊にまとめたのが本書なのである。

「黎明に叛くもの」外伝ということだが、これまでの宇月原作品すべてにも関連している内容になっていて薄い本ながら、なかなかの読み応えだった。

それでは各作品軽く紹介してみよう。

◆「隠岐黒」◆

 若き日の松永久秀と斉藤道三が登場する。一応最後まで二人の正体は伏せられているのだが、これはバラしてもルール違反ではないだろう。幼い久秀が『波山の法』を果心居士から仕込まれ、初めて単独で任務にあたる顛末を描いている。「黎明~」では描かれなかった『波山の法』の背景がみえて興味深い。傀儡(くぐつ)である果心が木偶(でく)として久秀と出会う場面も描かれている。やはり「黎明~」を読んだ上で本書を読むのが正しい読み方なんだろうな。


◆「天王船」◆

 ここでは若き日の信長を暗殺せんと尾張に赴く久秀を描いている。これだから時代物、伝奇物はおもしろい。少年信長と久秀の戦いなど誰が思いつくだろう。津島天王祭の豪華絢爛な川船上で繰り広げられる幻想的な戦いは、幽玄の世界にも通じて魅力的である。史実を踏まえて描かれているから、いっそう幻想味がひきたつのである。


◆「神器導く」◆

 毛利攻めで持久戦を敢行した秀吉と相手方の大将である小早川隆景の和平交渉の場面で幕を開ける本作は、「黎明~」でも登場したあの印象深い『金の独鈷、銀の独鈷』が歴史的事実に大きく関わってくる意欲作である。なるほど、ここで展開される論証はまことに理路整然たるもので、まさしくその通りだったのではないかと半ば信じてしまいたくなる。ここらへん、上手いなあと単純に感心してしまう。史実の中にはいまだに解明されていない謎の出来事が数多く残っていて、それを新たな解釈で描いてみせるのが伝奇小説の醍醐味なのだなあと思い知らされる作品だった。


◆「波山の街 ― 『東方見聞録』異聞」◆

 本作だけは舞台を元に移し、はるか昔の元寇の時代を描いている。語り手はマルコ・ポーロ。死を前にして彼は友人であるルスティケロにまだ語っていなかったあまりにも妖異な出来事を告白するのである。本短編集の中で一番長い本作は、その長さに見合うおもしろさだった。ぼくはこの作品が一番好きだ。皇帝フビライ・カーンの面前で起こった凄絶で酸鼻な事件は視覚的なインパクトも絶大で、これを映画にしたらさぞかしおもしろいだろうなと思ってしまった。どうして本作が外伝に含まれるのかというと、ここで描かれているのが「波山の法」だからである。作者の想像力の飛翔をみた。あの物語が辿りつくのがこんなとこなんだと驚いた。ほんとに素晴らしい。


以上四編とても短い作品ながら充分堪能した。しかしひとつ忠告するなら、やはり本書は「黎明に叛くもの」を読んでから読むほうが楽しめると思われる。解説では重厚な宇月原作品を敬遠してる読者への入門書として本書を薦めているが、ぼくはそうは思わない。本書はあの作品を踏まえて読むべきなのである。そうすれば尚いっそう楽しめること間違いないのである。