読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

土屋隆夫「不安な産声」

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千草検事シリーズは本書で終わってしまう。千草検事のシリーズは本作を含めて5作品書かれている。

「影の告発」、「赤の組曲」、「針の誘い」、「盲目の鴉」、そして本書「不安な産声」である。

本書以外の本は、まとめて読んだ。中でも一番好きだったのは「盲目の鴉」。

「盲目の鴉」の叙情性には完全にノックアウトされてしまった。他の千草シリーズについてはアリバイ

崩しのトリック等秀逸なものも多く、ミステリとしての精巧さが際立った印象だったのだが、この「盲

目の鴉」だけはそれ以上に叙情性が強調され、一読忘れがたい印象が残った。

そして、千草シリーズのラストをかざる本書もまた、あの「盲目の鴉」に匹敵する作品だった。

まるで「氷点」のような人生の悲劇を扱った本書は、犯人の手記という体裁を最大限にいかした胸に残

る作品である。本書の謎の焦点は動機。地位も名誉もある大学教授が、どうして息子の婚約者の家の庭

でお手伝いの女性を強姦し、殺害しなければならなかったのか?ラストのどんでん返しがまさしく胸を

えぐる。この真相は、かなり衝撃的だ。そうか、そういうことだったのか。ぼくは、しばらく立ち直れ

なかった。

告白するが、シリーズキャラクターの千草検事のことはあまり好じゃない。というか、そんなに印象に

残ってない。名探偵にも関わらず、彼は役割を甘んじてこなしているだけで人間味に欠けていると思っ

ている。しかし、彼のシリーズ作品で二作も感銘を受けた作品があるので、シリーズ自体には愛着があ

る。「盲目の鴉」と「不安な産声」。この二作は、数あるミステリ作品の中でも忘れることのできない

作品となった。必読です。