読書の愉楽

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綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

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 OL、26歳、B型、処女。それが本書の主人公江藤良香の一番短いプロフィール。彼女は、この歳になるまで男性と付き合ったことがない。彼女には中学の時から想い続けているイチ彼と、現在付き合って欲しいと言われている二彼がいる。

 

 彼女はこの二人の間で揺れている。それは内面の葛藤となって自分の存在意義にまで高められた妄想を生み、まるで宇宙的な広がりをみせてゆく。

 

 彼女は怖れる。自分は滅びゆく種なのだろうか?ドードー鳥やモアみたいに子孫繁栄を謳歌できずに絶滅するのだろうか。

 

 そんな彼女の日常がどんどん過ぎてゆく。それはもう目まぐるしいくらいに過ぎさってゆく。だが、これは決して綿矢りさの筆勢がそういう効果をもたらしているのではなくて、単にストーリーが面白くてグイグイ読まされているだけなのだけどね。

 

 それくらいに良香の日常は面白い。それは彼女が日々の中で迷い、痛みを知り、後戻りしながらもなんとか進路を見定めようと不器用にもがいているからなのだ。

 

 本書を読むたいていの人が、そこに自分の影を見出すに違いない。たとえ完全にシンクロしなくても言葉の端々や思考の一旦に自分と同じ要素を見つけるはずだ。

 

 人間って不器用で、何度も転んで、でもなんとか前を見て進んでいくものなのだ。

 

 綿矢りさは、そこんとこを入念に書き込んでくる。人と人の交わりの中で直面する善意や正直な気持ちや悪意、行きつ戻りつする思考の迷路、ためらいや傷つくことへの恐れ、そういったものを的確に、あるいは最適な比喩にのせて描いてゆく。

 

 良香は一点を越えてつき進んでゆく。それはなりふり構わぬ勢いでありながら、どこか控えめなものだった。これをさらに推し進めた形があの「ひらいて」なのだろう。

 

 最後にもう一つ言及しておきたいのが、本書の仕掛けだ。これは読んで確かめてもらいたいが、この短い長編のラストで鮮やかな反転がある。それがあまりにも鮮烈で素敵な効果をあげているので、とても気持ちよく読了できるのだ。

 

 やっぱりすごいな綿矢りさ