読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

阿部智里「弥栄の烏」

 

弥栄の烏 (文春文庫)

弥栄の烏 (文春文庫)

 

 

 

シリーズ第六弾で、ようやくこの物語は1クールを終える。全部、まるっとスルッとお見通しということにはならないが、一連の流れと世界の成り立ちは落ち着くところに落ち着いたという感じだ。

 前回の「玉依姫」での投げ出された感がハンパなかったので、ほんとスッキリした。いわば本書と「玉依姫」は表裏の関係で、これはデビュー作「烏に単は似合わない」と第2弾の「烏は主を選ばない」との構成の踏襲だ。この自由さがシリーズ全体におよぼす効果は絶大で、読む側としては常に少し身構えた状態で物語に挑むことになる。あ、これはぼくだけかもしれないけどね(笑)。しかし、それが緊張を生み全体を引き締めていると思うのである。

 ファンタジーとしての要素を日本古来の神話や伝承の積み重ねの上に構築したことで、ここには確固たる世界が現出している。そこには人の営みがあり、不可解な現象にもそれに作用するなんらかの理由があるのだ。だから、物語が進むにつれ読者はその世界に身を置いて安心する。また来たよ、久しぶり。しかし、先にも書いたとおりそこには適度な緊張があるから鮮度が落ちることはないのである。ほんと、ウマいよね。

 さて、というわけでここに一部が完結した。年内に第二部「楽園の烏」が刊行されるらしい。不安定な状態のまま投げ出された彼らに新たな試練が降りかかるのだろうか。それとも、意外な裏切りが物語を加速させるのだろうか。いやいや新たに生まれた希望が世界を変えていくのだろうか。ぼくの中ではさまざまな憶測が荒れくるっているのだが、作者はまた快くこの予想を裏切ってくれるのだろう。