読書の愉楽

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阿部智里「黄金の烏」

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 本巻でいよいよこのシリーズの本編が描かれてゆく。前二冊で、世界観及び主要人物たちが登場し、この三冊目でようやく壮大な物語のスタート地点に立ったわけなのだ。


 ここで描かれるのは、山内が直面する八咫烏一族の存続に関わる危機だ。そもそも、『真の金烏』がこの世に生まれるのは、災厄から八咫烏一族を守るため。だから真の金烏である若宮が生を受けたということは、彼が直面する危機が発生するということなのだ。なんとおもしろい。まさにジレンマのような設定だ。


 そこで気になるのが、いったいどんな危機か?ということなのだが、これがああた、まあ、なんとも意外な展開になるのである。だって、大猿だもの、大猿。この大猿がどこかからやってきて、辺境の村を全滅させる。全滅たって、ただ単に滅ぼしたんじゃなくて、そこに住む人々をすべて食らい尽くしてしまうんだから驚くではないか。そう、この巻で登場する脅威の猿は、八咫烏を食料にしているのだ。


 それはそれは凄惨な場面が登場します。まさか、この物語でこんなホラーテイストが味わえるなんて!と驚いているとさらに驚く展開が待っていて、読者は少し混乱する。あれ?ここで登場するこの人は、プロローグの人?いやまさかね、そんなこたあないやね。とりあえず、引っかかりは残るものの、いつものごとく登場人物たちのやりとりに乗せられて、あれよあれよという間にページがすすんでいってしまうのであります。


 いやはや、ホントうまいよね。類型的といってしまえばそれまでだが、この作者の用意するキャラクター達は、わかりやすくていい。しかしそれが確かな安定感を生み、自然に物語の中へと導いてくれるのである。今回、『真の金烏』の本当の姿が描かれており、その事実を知ったことで、ああなるほどだからあの時そういう態度だったのかとか、そういえばこんなこともあったなとか色々思い当たる節があった。当たり前だが、いかに作者がこの世界を作り込んでいるのかが垣間見えてあらためて感心した次第だ。


  というわけで、このシリーズはやく次を読みたい、はやくまた彼らに会いたいとついつい思いを馳せてしまうほど好きになってしまった。続けて読めばあとニ冊あるのだが、ぼくは文庫で揃えたい。次を読むのは来年かあ。