読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2016-01-01から1年間の記事一覧

上田早夕里「火星のダーク・バラード」

SFの意匠をまといながらも、本書の骨格はミステリ。舞台は火星。限られた範囲内のみを地球と同じ環境にするパラテラフォーミングで住環境を整えられた世界でハードボイルドな物語が描かれる。 火星治安管理局の水島捜査官は女性ばかりを殺すシリアル・キラ…

米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」

ミステリとしてのサプライズを期待すると少し肩すかしだ。連作短編集として機能する本書は、各話が語り手を介して完結する構成をとっている。そこに派手な趣向はなく、信用できない語り手という常套としてのサプライズ以上のものはない。そこに生まれるミス…

梁石日「さかしま」

梁石日といえば、はじめて彼の作品に接した「子宮の中の子守唄」を読んだときの衝撃が忘れられない。あの作品で描かれる世界は、同じ日本でありながらぼくが生きてきた世界とはまったく違う世界で、こんなことがあるのか!と何度も衝撃に身を震わせた。未読…

マリオ・バルガス=リョサ「つつましい英雄」

ストーリーは奇数と偶数の章に別れ、同時進行する。奇数章の主人公はピウラで運送会社を経営するフェリシト・ヤナケ。ある日彼は自宅のドアに張りつけてある青い封筒を発見する。それは、静かな筆勢で事業を保障するかわりに月500ドル支払ってほしいと書…

ロバート・Rマキャモン「遥か南へ」

ぼくは基本的にマキャモンが大好きで、国内で彼の作品が翻訳されはじめた1990年当初、そのほとんどがキングの二番煎じだといわれて軽い嘲笑まじりの評価を受けたときも、確かに設定自体は真似だと言われてもしかたないが、「スタンド」より「スワン・ソ…

荒山徹「高麗秘帖―朝鮮出兵異聞 李舜臣将軍を暗殺せよ」

豊臣秀吉が行った最大の愚行である朝鮮出兵。1592年に、発動したこの大規模侵略は、朝鮮水軍率いる李舜臣の活躍で撤退を余議なくされた。三年にも及ぶ講和交渉は決裂し、秀吉の号令のもと1597年ふたたび出兵することになる。これが世にいう『慶長の…

重松清「その日のまえに」

連作短編集である。七編収録されているうちの一編を除いてすべてがリンクしている。それぞれ身近な人の死に直面する話が描かれている。それは、学校の同級生や、夫や母親や妻の死だったりするのだが、そこで描かれるのは、突然断ち切られる日常と、直面させ…

森川智喜「キャットフード」

本書の解説を麻耶雄嵩が書いているのである。ということは、これは本格なんじゃね?そう思ってぼくはこれを読むことにした。 しかし、これがああた、まったくもって不埒なミステリだったのである。まず、設定が普通じゃない。だって、化け猫ですよ。化け猫が…

ウィリアム・ピーター・ブラッティ

ブラッティは神と大いなる力に魅せられた作家だとおもう。彼の代表作である「エクソシスト」からして根本は神の実在の証明みたいなものだ。あの映画の強烈なビジュアルゆえに、あのシリーズの存在だけで彼にホラー作家のレッテルを貼っている人は数多いと思…

大森望 責任編集「NOVA+屍者たちの帝国」

伊藤計劃が逝去して、彼の残した数少ない作品群は、ほぼ伝説の域にまで達した感がある。後続の作家のみならず、ベテランの作家も含めて彼が与えた影響は計り知れない。また、彼の絶筆を円城塔が書き継いで完成させた「屍者の帝国」は、SFというジャンルを…

チャーリー・ラヴェット「古書奇譚」

本書は三つの章が順繰り語られてゆき、全体を構成している。一九九五年の現在の章、一九八三年~一九九四年の少し過去の章、そして一五九二年~一八七九年のシェイクスピアの謎が解明される章。それぞれがラストに向けて集約されストーリーをのぼりつめてゆ…

小野不由美「残穢」

「残穢」とは、読んで字のごとく穢れが残ることである。穢れとは、ただごとでない。穢れは汚れではない。汚れのように洗い流すことのできないものなのだ。穢れは、お祓いや清めによって浄化される場合もある非常にやっかいなものなのだ。そう、穢れは一度つ…

立川談春「赤めだか」

立川談春のことを意識するようになったのは、もちろんテレビドラマの「下町ロケット」の影響だ。 あ、この人「ルーズヴェルト・ゲーム」に出てたあの憎たらしい敵役の社長じゃないか。でも、今回はいい役してるな、なかなか味のある役者さんだ・・・なんて勘…

アンリ・トロワイヤ「仮面の商人」

これもタイトルから、まったく内容の予測のつかない物語である。大雑把にいえば、本書で描かれるのは史実の信憑性だ。実際に起こったことと、どうしてそうなったのかという事実があって、それを掘り起こして語る場合、いったいどこまで真実に近づけるのか?…