読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

大森望 責任編集「NOVA+屍者たちの帝国」

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 伊藤計劃が逝去して、彼の残した数少ない作品群は、ほぼ伝説の域にまで達した感がある。後続の作家のみならず、ベテランの作家も含めて彼が与えた影響は計り知れない。また、彼の絶筆を円城塔が書き継いで完成させた「屍者の帝国」は、SFというジャンルを飛びこえいわゆる伝奇小説のおもしろさも取り込んだ作品としてベストセラーとなり多くの読者を獲得した。本書はその舞台設定をそのままに8人の作家がそれぞれの持ち味を活かして競作したアンソロジーなのである。収録作は以下のとおり。

 

 藤井太洋「従卒トム」

 

 高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」

 

 仁木稔「神の御名は黙して唱えよ」

 

 北原尚彦「屍者狩り大佐」

 

 津原泰水「エリス、聞えるか?」

 

 山田正紀「石に漱ぎて滅びなば」

 

 坂永雄一「ジャングルの物語、その他の物語」

 

 宮部みゆき「海神の裔」

 

 
 「屍者の帝国」の魅力といえば、ゾンビ物という定番テーマをまったく別の視点から語り直し(甦る死者という忌まわしい存在を霊素をインストールし制御できる駆動力として描くという素晴らしいアイディア)その嚆矢をヴィクター・フランケンシュタインとすることで、魅惑の19世紀を舞台設定にし、数多くの実在や架空の人物を交錯させることによって伝奇的なおもしろさを加味したところにある。

 

 そのおもしろさは今回のアンソロジーにも十二分に活かされており、多少重複する部分もあるが、概ね独自の視点とアイディアを盛り込んだ素晴らしい内容となっている。まず、一番感心したのがまったくノーマークだった坂永雄一「ジャングルの物語、その他の物語」だ。これはキプリングの「ジャングル・ブック」に材をとり(しかし物語中では「ジャングル・ブック」の存在は認められていない)、そこにもう一つの有名な作品を有機的に絡めることによって、忘れがたいノスタルジーと不穏の入り混じった素敵な作品に仕上げている。驚いたのが高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」。こちらはドストエフスキーの「白痴」が舞台となっているが、それがとんでもない展開をみせる。だって、あのSF作品とあのSF作品とあのSF作品が物語を浸食してきて、もうなんでもありな物語になっているのだ。これはある意味小気味いいね。津原泰水「エリス、聞えるか?」と山田正紀「石に漱ぎて滅びなば」はそれぞれ森鴎外夏目漱石が主人公となっている。これは示し合せたわけでなく、偶然だったそうな。宮部みゆき「海神の裔」は、ちょっと毛色が違う。まさに、こうきたかって感じ。非常に短い作品で、ここに登場する屍者だけは「屍者の帝国」で『汎用ケンブリッジ・エンジン』を書き込まれ、職種別のプラグインを施された使役する屍者とは似つかわしくない屍者が登場する。

 

 というわけで、印象に残った作品を紹介したが、本書は斯様にバラエティーに富んだ好アンソロジーなのであります。小手調べとしてもなかなか楽しめる本だと思うので、本編を未読の方も手にとってみて欲しい。その世界観に圧倒されますよ。