読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

レオ・ペルッツ「どこに転がっていくの、林檎ちゃん」

 

 

どこに転がっていくの、林檎ちゃん (ちくま文庫)

どこに転がっていくの、林檎ちゃん (ちくま文庫)

 

 

 ペルッツは手堅い。本書で四冊目だが、毎回ほんとうに読書の愉楽を味わわせてくれる。それぞれまるで馴染みのない舞台設定なのに、物語への吸引力がすごく、いってみれば、テーマへの道筋がいたって明確でわかりやすいので、たとえアウェイな状況であっても、すぐさま取り込まれてしまうのだ。  

 本書は設定がふるってる。主人公はオーストリアの陸軍少尉ヴィトーリン。かれはロシアで抑留され、そこで取り仕切っていた収容所の司令官セリュコフに復讐するため、いったん祖国に帰ってから、また革命の混乱の最中にあるロシアにむけて旅立つのである。そんなことってある?地獄のような抑留からやっと祖国に帰ってきたのに、ただ単に矜持のためだけにまたそこに戻ってゆくなんて!これがどれだけ馬鹿げたことか、ひと息いれて冷静にならなくてもわかるってもんだ。

 ここで舞台となっているのが第一次世界大戦後のロシア。ポリシェビキ、反革命軍、農民軍、民族派、それぞれが勝者になったかと思ったら、次の月は敗者になっているというめまぐるしく変わるカオス化した情勢の中で、ヴィトーリンは唯一つの信念、セリュコフへの復讐だけを胸に運命に翻弄されてゆくのである。ありきたりな表現になってしまってとても残念なのだが、まさにその通りなのだから仕方がない。彼は運命に翻弄される。それも、とんでもなく。地獄の苦しみを経て、ロシアを探し回り、大陸を横断して転がってゆく。どこに転がっていくの、林檎ちゃん?
 
 ここらへんの呼吸はペルッツの独壇場。本当に素晴らしい。主人公と一緒に読者もどこまでも転がってゆく。コロコロ、コロコロ転がって、さて、どうなるのか?このラストの決着の付け方もペルッツらしい。引っぱって引っぱって極限にまではりつめた弦を解き放つ時、そこにある景色はいったいどう見えるのか?これはもう、読んで確かめてみてとしか言えません。

 しかし、よくまあこんな物語思いついたよなあ。