読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

レオ・ペルッツ「アンチ・クリストの誕生」

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 大好きな皆川博子さんが解説書いてるんだよね。で、驚いたことに皆川さんもペルッツの初読みは「夜毎に石の橋の下で」なんだそうで、ぼくと同じじゃないかと驚いた次第。だって、ペルッツがいまほどメジャーになる前に彼の本は何冊か翻訳されていたから、てっきり「第三の魔弾」くらいは読んでおられるのかと思っていたのだ。
 ま、それはおいといて本書なのだが、これが結構リーズナブルな話ばかりで、オープンエンドなんだけど納得いきました、みたいな話もあったりして読みやすい。扱われている時代も国もバラバラだし、話のボリュームも偏っていて寄せ集め感満載なのだが、それがアクセントになって緩急楽しめる。収録作は以下のとおり。

 

「「主よ、われを憐れみたまえ」」

「一九一六年十月十二日火曜日」

「アンチクリストの誕生」

「月は笑う」

「霰弾亭」

「ボタンを押すだけで」

「夜のない日」

「ある兵士との会話」


 この中で表題作と「霰弾亭」の二編が中編サイズで、その他は短かめの短編となっている。やはり特筆すべきは表題作であり、これはペルッツが得意とする運命の不可解さを描いた作品で、ぼくは読んでいて「ボリバル侯爵」を思い出してしまった。それにしても、これを読むまで知らなかったがアンチクリストなんて本当にあるのだろうか?びっくりしました。アンチクリストの正体が実在のあの人物だという真相も兼ねて本書随一の読み物となってます。

 

 他の作品では代々月を恐れてきた一族の奇譚を描く「月は笑う」や、なんか雰囲気がキングの「マンハッタンの奇譚クラブ」をおもわせる「ボタンを押すだけで」やスタージョン的思考の産物のような「一九一六年十月十二日火曜日」などが印象に残る。それと巻末に解説とは別に訳者の垂野創一郎氏による懇切丁寧なあとがきがあって、これを読めばぼくみたいな不勉強で無知な人間でもペルッツの描く深淵で豊潤な世界をスルスルと理解出来るようになっているので、おおいに助かったことを記しておきます。

 

 この手にしやすいペルッツ初の文庫が多くの方に読まれることを願いますデス。