読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2017年 年間ベスト発表!

 いよいよ、この季節になりました。今年はね、もう何冊読んだとかカウントしません。カウントするほど読んでないからね。ほんと歳とるとロクなことないね。字は見えにくくなるし、文字を追ってると知らない間に寝ちゃってるし。

 というわけで、2017年の年間ベストいってみましょうか。

■1位■ 「フロスト始末(上下)」 R・D・ウィングフィールド創元推理文庫

  永遠に続くなんて思っていないが、やはり終わってしまうとなると寂しいものだ。このシリーズの魅力はなんといっても主人公であるフロスト警部のバイタリティあふれた最強のメンタルにささえられたアグレッシブかつポジティブな直情的行動力と、行き当たりばったりな直感にささえられたまるで根拠のない捜査方法と、逆境をものともしない悪あがきを上塗りした厚顔無恥ともいうべき不敵さにあるとぼくは前回「冬のフロスト」の感想で述べた。まさしくそのとおり。それはこのシリーズに一貫して流れる太い太い一本の線であって、読者はフロスト警部に逢いたいがためにこのシリーズを繙くのである。あっ、少なくともぼくはそうなのであります。フロストシリーズは愛すべき警察小説の金字塔なのであります。だから、本書でもうこの長い長い長編を読めないということが残念でなりません。そういえば、まだ「夜明けのフロスト」という短編が未読だった。どこへしまってあったかな?探さなきゃ。


■2位■ 「輝く日の宮」丸谷才一講談社文庫

 これね、古文を扱っているからとか、学術的な専門分野に疎いからとか、丸谷才一の旧仮名遣いが好きじゃないからとかいう理由で敬遠している人がいたら、すっごくもったいないから是非読んでみてほしい。本書は、源氏物語に失われた一巻『輝く日の宮』というのがあるのではないかというお話。いやいや、これすっごく簡単に片づけちゃったけど、もちろん丸谷才一の手になる小説なのでさまざまな仕掛けがなされていて、すこぶる知的興奮にとらわれる一冊となっているのであります。まずね、章ごとに色々文体が変わったりするわけですよ。巻頭は主人公が中学生のときに泉鏡花を意識して書いたという小説で幕をあけます。これがああた、すっごくカッコいいのね。もう、ここでギュッと心をつかまれてしまいます。そんでもって、この小説が予想を超える展開でグイグイひっぱっていって、終わったかと思うと次の章では、その主人公が国文学者になっていて父親の誕生パーティに出席していて、思わぬところから新事実が発覚する。ここらへんの呼吸はまさしく息を呑むって感じ?で、その次の章では作者が顔を出して、え?エッセイなの?って戸惑っているうちに松尾芭蕉が「奥の細道」を書くきっかけになった東北行きの謎を追う話になってくる。その次の章では時系列と小説内の出来事が並列に描かれ、また次の章では幽霊のシンポジウムが戯曲形式で描かれるって感じで、まさに目まぐるしく展開していくわけなのです。ほんと、この先生素晴らしい。


■3位■ 「辺境図書館」皆川博子講談社

 本にまみれ、本に溺れてきた皆川博子の言葉の奔流。大好きな本について語り尽くす数ページの宴。おそらく辺境図書館は、青白い月明りに照らされた夜の砂漠にしか存在しない。いや、もしくは荘厳な宮殿の一角に設けられた螺旋構造の窮屈な施設。いや、はたまた森の奥に広がる白い鹿が集う大きな湖の畔にぽつねんと建てられた密かな建物。選ばれた者しか入ること許されない至高の図書館。そういった事を想像しながらぼくは本書に溺れた。

 特別な言葉が綴られているわけでなく、そこには愛する本に対する真摯な気持ちが素直に自然に語られているだけなのだ。しかし、それが心に響く。飾らない、誇張しない、まるで息を吸って吐くがごとくに展開される物語の世界。そして、そこに挟まれる彼女自身の思い出とファースト・インプレッションの感動。うまく言えないが本を開く喜び、物語に埋没する喜び、新しい世界を知る喜び、言葉に翻弄される喜び、そういった紙で作られた本から受け取れる数々の喜びが行間からあふれているように思うのである。はっきりいって、ここに紹介されている多くの本たちは文字通り「辺境の文学」だ。マイノリティであり、孤高であり、おそらく人を選び、異端でさえあるだろう。ぼくは、そこに鼻の奥がツンとなるようなせつなさと涙が出るような渇望をおぼえるのである。


■4位■ 「伊藤典夫翻訳SF傑作選 ボロゴーヴはミムジイ」伊藤典夫 編訳/早川文庫
 
 表題作からして、なんのこっちゃ?って感じのタイトルなのだが、これがはっきりすっきり理解できて、尚且つそんなところへ行きつくのかと、その鮮やかな氷解に感心してしまう逸品。これと似て、また異なものなのが次の「子どもの部屋」。どちらも同じテーマを扱っていて、ラストの後味の悪さも同じなのだが、この「子どもの部屋」のほうが、親としてなんとも複雑な心境になってしまう。「虚影の街」は、アイディアオンリーの作品のようでいて、最後に驚きの事実が発覚する。まさかこんなことになっていようとは。「ハッピー・エンド」は物語の結末から始まる。時系列を逆に辿ることによって真相が明らかになってゆく。おもしろいね。短い作品だけど印象深い。
「若くならない男」は、かなり壮大な話。時間の逆流を描いているのだが、こんな短いページの中で悠久の歴史が逆流するなんて!「旅人の憩い」は以前、時間SF傑作選「ここがウィネトカなら、きみはジュディ」に収録されているのを読んでいたので再読。しかし、これは傑作だ。この発想は素晴らしい。いろいろ齟齬はあるのだろうが、そんなのはこの際どうでもいい。南に下るにしたがって、時間の流れがはやくなるなんてどうやったら思いつく?しかも主人公の名前まで変っていくなんて!戦争の真相についても驚愕の事実が発覚するし、まあ読んでみて、びっくりするから。「思考の谺」は、往年の「ミステリー・ゾーン」に出てくるような侵略物。本書の中では一番長い作品だが、オーソドックスな展開で安心して読めちゃう。技巧もなにもないが、SF本来のホラ話的要素が満開で、御都合主義もなんのその見事に大団円を迎えるのでありました。


■5位■ 「赤刃」長浦京/講談社文庫

 とにかく、ぼくはここに描かれるような闘いを読んだことはなかった。まったく斬新で予断をゆるさない。おそらくこの感覚は、本書を読んだ誰もが感じることだろう。かつて時代小説で、これほどの死闘が描かれたことがあっただろうか。いや、ないはずだ。こんなに形振りかまわず生きるか死ぬかの闘いを描いた作品をぼくは知らない。本書の中で描かれる闘いはほんと獰猛な野生動物が喰うか喰われるかといった命を懸けた闘いをしているようで、従来の剣豪物にみられるような様式美のようなものは一切なく、武士の本懐を良しとした荘厳で命の重さを感じる凛とした立ち合いなどでは決してない。卑怯と罵られようが、どんなことをしても勝てばよいといった手段を選ばないスタンスがいっそ気持ちいいくらいだ。だから、従来の剣豪物に接してきた人などは、ここで描かれる闘いに首を傾げる向きもあるかもしれない。しかし、ぼくはそこが新しい感覚でもあり、人間の性(さが)に固執した本来の人間の姿なのだと感じたのである。このまったく新しい剣劇とくとご覧あれ。


■6位■ 「アンチクリストの誕生」レオ・ペルッツちくま文庫

 本書の中で表題作と「霰弾亭」の二編が中編サイズで、その他は短かめの短編となっている。やはり特筆すべきは表題作であり、これはペルッツが得意とする運命の不可解さを描いた作品で、ぼくは読んでいて「ボリバル侯爵」を思い出してしまった。それにしても、これを読むまで知らなかったがアンチクリストなんて本当にあるのだろうか?びっくりしました。アンチクリストの正体が実在のあの人物だという真相も兼ねて本書随一の読み物となってます。
 他の作品では代々月を恐れてきた一族の奇譚を描く「月は笑う」や、なんか雰囲気がキングの「マンハッタンの奇譚クラブ」をおもわせる「ボタンを押すだけで」やスタージョン的思考の産物のような「一九一六年十月十二日火曜日」などが印象に残る。それと巻末に解説とは別に訳者の垂野創一郎氏による懇切丁寧なあとがきがあって、これを読めばぼくみたいな不勉強で無知な人間でもペルッツの描く深淵で豊潤な世界をスルスルと理解出来るようになっているので、おおいに助かったことを記しておきます。この手にしやすいペルッツ初の文庫が多くの方に読まれることを願いますデス。


■7位■ 「いつかの夏 名古屋闇サイト殺人事件大崎善生角川書店

 ノンフィクションを一冊。2007年の夏、闇サイトを通じて知り合った三人の男が、金目当てで一人の女性を拉致し、無惨に殺害した事件、世にいう『闇サイト殺人事件』は、ぼくも記憶に新しい。本書はその事件の全容を描くだけでなく、被害にあわれた磯谷利恵さん(当時三十一歳)のそれまでの人生も掘り下げて描いたノンフィクションだ。
 なによりもまず断っておきたいのが、奪われた命に値する償いなどないということだ。本書の後半で捕まった犯人たちの公判がおこなわれ、遺族側は犯人たちを死刑に処すよう署名活動をするのだがたとえ望みどおりに極刑になったとしても殺された娘は戻ってはこない。その事実は変えること叶わない。昔のように仇討できたとしても、その無念はけっして晴れることはないだろう。殺されたから殺すではないのだ。
 ひとりの人間の人生を無理やり終わらせるなんて。昨日まで一緒に生活していた娘が、冷たくなって変わり果てた姿で帰ってくる恐怖はどれほどのものだろう。ぼくには想像できない。想像したくない。想像することすら忌まわしい出来事だ。


■8位■ 「夜の夢見の川 (12の奇妙な物語)」中村融 編/創元推理文庫

  豪華で貴重な顔ぶれだ。こういうアンソロジーを編める中村融氏はほんと素晴らしい目利きだよね。各短編それぞれのコメントは長くなるので特に気に入った作品について少し。まず驚いたのが巻頭の「麻酔」。これは、強烈なアッパー・カットだった。まあ、読んで驚いてみて。これは奇妙な味というより悪夢そのものだけどね。「終わりの始まり」も、とんだ奇妙話だ。何年も前に死んだはずの母親から電話が掛ってくるのだから。信じられない娘は、まわりに確かめるがまわりのみんなも母が死んでいる事実を認めない。主人公の娘だけが、母は死んだという記憶があるという奇妙な状況の中、母の家で夕食会が開かれ、みんなが招待されるのである。「銀の猟犬」は、本書の中で一番気に入った作品。二匹の美しい銀色の犬につきまとわれるエレン。犬は何の象徴なのか?
なぜエレンにつきまとうのか?答えはないが、心に浮かぶ映像と共に妙に残るものがある作品だ。
 表題作は、その幻想的なタイトルからは想像もつかない官能的で奇妙な物語。これも一読して驚いた。まだまだこんな未見の傑作があるのかと思うと、すごく居心地の悪い気分になる。どうか、
中村融氏にもっともっと発掘紹介していただきたいものである。


■9位■ 「かわいい闇」マリー ポムピュイ・ファビアン ヴェルマン /河出書房新社

 バンドデシネからも一冊。ぼくはこのヨーロッパの漫画に一目おいてる。本書はかわいい絵柄なので、子どもに読んで聞かせてあげたいくらいなのだが、とんでもない。このバンドデシネはなかなかの衝撃を与えてくれるのであります。ここには現実の醜悪さと純真無垢を象徴するかわいいファンタジーが同居している。しかし、ファンタジー世界がそれゆえ物語に色を添えて、醜悪さから逸脱しているのかといえば、そんなことはない。ファンタジー世界特有の無邪気さの中に垣間見える残酷。それぞれのキャラクターが秀逸に描かれていて、でもみんな自分勝手で気ままだから無垢の中にある本質が剥き出しになって目もあてられない。
 それにかぶさって、通奏低音として徐々に進行する腐敗。腐敗は臭気を想起させる。死体は腐って臭いを放つ。だが、この世界ではそれが描かれない。むしろ、その現実は完全に無視されている。しかし、どす黒く変色した足には無数の蠅がたかり、蛆がわく。醜悪。嫌悪。
 なんともいえない読後感だ。ここには数々の経験が描かれるが、そこに安息はない。犬死と裏切りと自己満足そして復讐。良きものは滅び、悪しきものも滅びてしまう。みんながいなくなり最後にオロールだけが残る。そうして世界は降り積もる。

 
■10位■ 「虚構推理」城平京講談社文庫 
 
 ここに展開する驚異の物語はいままで見たことのない世界を見せてくれる。いや、こんな書き方したらまだ読んでいない人に誤解されちゃうね。本書は、純粋な本格推理の骨格をもった妖怪小説であり、限りなく非現実な世界を描きながらも透徹したロジックに支えられたハイブリットなのであります。「虚構推理」?虚構って実際にはないものってことだ。作りあげられたものによる推理?う~ん、まだよくわかんないな。でも、物語は面白いからどんどん読んでしまう。探偵役の岩永琴子のキャラクターがなかなか秀逸。美少女でありながら一眼一足。そして異常に下ネタが好きという変態っぷり。物言いも変わっているし、なんか面白い。怪異が日常となり、それが当たり前に出てくるのにも慣れて、読者は虚構の世界にあそぶことになる。していよいよ本書の真の骨格である本格推理部分があらわれる。ここで展開されるロジックは、これを掌中のものにできればなかなか素晴らしい論者になれるんじゃないかと思う巧みな論法を展開している。さあ、未読のミステリ好きの方々、本書を紐解かれよ。

 さて10作出揃いました。最近ぼくは枚方のTサイトが大のお気に入りです。太陽が沈んでからの美しさといったら、もう。というわけで、みなさま、本年もお付き合いありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。