長い間(およそ十年!)寝かせてあった本書をとうとう読んでしまった。小説巧者のコニー・ウィリス作品の中でも傑作といわれている本書なのだが、噂に違わずかなりのおもしろさだった。
本書で扱われているのは臨死体験。よく耳にする暗いトンネルを抜けると明るい世界があって、向こう側では過去に死んでいる親族が微笑んで待っていたとか、天使がいたとか、そこで向こう側には行かずに戻ってきたら蘇生したとかいうたぐいの話だ。
なんてばかばかしい。そんなことあるわけないじゃないの。―――――そう思っているガチガチの現実主義のあなた、あなたにこそ本書を読んでもらいたい。なぜならば、ぼくもそうだったからね。
本書で描かれるのは臨死体験の秘密、いや真実だ。まさかそれが本当の答えだとは思っていないが、ウィリスはその可能性を極限にまで追い求めて極上のエンターテイメントに仕上げているのである。
登場するのは認知心理学者のジョアンナ・ランダー。彼女はマーシー・ジェネラル病院で臨死体験(NDE――near death experience)の科学的な解明の研究をしており、多くの患者からデータを集めている。だが、モーリス・マンドレイクというノンフィクション作家(患者の話を巧みに導いて作り上げた臨死体験をもとに来るべき来世へのヴィジョンを謳いあげ、全世界的なベストセラーを書いたトンデモ系傲慢不遜親父)がジョアンナの行手に立ちふさがって彼女の研究を常に邪魔する。ジョアンナはマンドレイクより先に患者の体験談のサンプルを集めるのに必死な毎日なのだ。
そんな彼女の前にリチャード・ライトという神経内科医が現れる。彼は薬を用いて、擬似的な臨死体験を誘発して(この部分が本書の唯一のSF的要素)そのデータを採取し、臨死のプロセスを解明しようとするプロジェクトにジョアンナを誘ってきたのだ。ジョアンナはその申し出を受け入れ、ボランティアを募ってプロジェクトは動き出すのだが、集まったボランティアには様々な問題があってプロジェクトの継続が危うくなってくる。そこでジョアンナがみずから被験者となって臨死体験に挑むのだが、彼女がそこで見たものはとんでもないものだった。
と、これが大まかな導入のあらすじ。ジョアンナが擬似臨死体験で行ったところはどこなのか?その秘密がわかるまでが第一部。そして驚天動地の第二部を経て、感動的なラストへとなだれ込んでゆくのが本書の簡単な道筋だ。こう書いてしまうとなんだ単純な話だなと思われるかもしれないが、そこは巧者ウィリスのこと、いろんな小説作法を駆使して彼女は読者の鼻面をつかんではなさないのである。
たとえば、それは繰り返されるギャグの楽しさ(どんどん食べ物が出てくるリチャードの白衣のポケットや、いつもどこかで改築工事をしている病院、話し出すと止まらない被験者、まったく話せない被験者、古今東西の災害の話を蒐集している心臓病の少女などなど)であり、思い出せそうで思い出せないある事実の探求であったり、伏線をはりめぐらせたプロットの妙であったりするのだが、本書の一番の読みどころは印象的な登場人物たちのしっかりした存在感なのだ。
ウィリスはSF作家である前に、一級の物語作家であり、彼女の描くドラマはまったく目が離せない。精彩を放つ生き生きとした登場人物たちの織りなすドラマは、テレビドラマだったらほんと悩ましいくらいに魅了されるであろう完成度を誇るのである。
いやあ、ほんとこれはがっちり心をつかまれてしまった。面白かったなあ。