昨日の終わりが永遠に続くかと思われた明るい空の下、ゆっくり歩くぼくの側を小さいビリー・ジーンがかけていった。黒くちぢれた髪、デニムの短パンから伸びたスラッとした足、彼女は今日も生命の輝きに包まれている。大きな木にぶら下がったジョニー・Bが笑顔を向けて挨拶してきた。その笑顔はまるで金魚そのもの。彼の近くには常にニンニクの香りが漂っている。
「水栗、白葉、ムロデはいかがですか」
きれいに声を揃えて言うのは、この辺でも評判の美人姉妹オブラディとオブラダだ。ぼくは彼女たちに小さく手を振って応える。でも、買うものはない。
ぼくはロザンナに会いにいく。彼女の家で魚のエラの料理を食べさせてもらうのだ。
ミカンの皮をむきながらその爽やかな香りを嗅ぎながら歩いてゆく。一族郎党がすべて斬首された三年前、ぼくの胸の上におかれていたこのミカンをぼくは食べたことがない。いつも皮をむいて香りを嗅ぐだけだ。
その時、おじいさんは「けだし、無念とは思わぬ。お前は潜伏して生き延びよ」と言った。当然ぼくは意味などわかるわけもなく、無念とも無縁に育った。ぼくを育てた大地震トイスは盛大に水を巻きながら
「ぼっちゃん、痛い思いをしたあとにはきっと心をみたす幸せがおとずれますよ」と言った。でも、幸せは一度もきたことはない。
そういったいろいろなことどもをぼくはミカンをむきながら思い出す。
いつも強くなりたいと思っていた。大地震トイスは八十四まで生きて最後に大声をだして死んだ。
次の通りを大きく左に曲がり、犬の二匹いる家を通りすぎるとそこはロザンナの家。マイハート。マイスイートハート、ロザンナ。彼女の魚のエラ料理は最高だ。この世の終わりに何が食べたいかといえば、それはロザンナの魚のエラ料理だ。
ロザンナは六人兄弟の末っ子として生まれた。本当は堕ろすはずだったのが、戦争がはじまったせいで時期をのがし、生むことになったらしい。それはぼくにとっても奇跡だった。彼女がこの世に生まれてくれて本当によかった。たとえ右足が不自由だったとしても。
ぼくはきれいにむいたミカンを二匹の犬に投げやり、犬はそれを奪いあって食べた。
目の前に彼女の家。ぼくのおじいさんは無念を噛み殺して死んでいった。軽いノック。大地震トイスは最後の最後に「奪い合えー!!」と言って死んでいった。扉があき、ロザンナの笑顔があらわれる。
女神。ぼくのパンプキン・パイ、ロザンナ。彼女の右足は左足の二分の一だ。