読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ドン・ウィンズロウ「カルテル(上)」

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 まだ上巻を読み終わっただけだが、ぼくは書く。書かずにはいられない。
 本書は、軽妙なドン・ウィンズロウのまったく違う面を思い知らされたあの傑作「犬の力」の続編である。麻薬王アダン・バレーラとそれを執念で追いかける麻薬取締局の捜査官アート・ケラーの攻防を軸に、彼らを取り巻く人々のエピソードを多視点的に絡めメキシコの歴史と共に描いた麻薬カルテルの怖さをこれでもかとわからせてくれたあの「犬の力」。
 
 ぼくは以前「犬の力」の感想で、こう書いた。

 『ともかく、本書には圧倒される。もうこの一語に尽きる。とにかく大きな力がのしかかり、首筋をがっちり喰わえこまれてしまうのだ。小説を読んでいて胸を突き破って慟哭がはじけ出そうになったことは初めてである。なにしろ圧倒的なのだ。 何が?染みわたる暴力と過剰な制裁が。おぼれるほどの暴力と煮えたぎる怒りが。 そうなのだ。ここには想像を絶する世界がある。しかもそれは非現実な世界ではなく、リアルな世界なのだ。』

 本当にぼくは「犬の力」を読んで、嗚咽を洩らしそうになった。小説を読んで、そんな感情に揺さぶられることなんて、そうそう体験することではない。しかし、「犬の力」にはそれほどの力があった。

 そして本書。前回の三十年にもわたる戦いのその後が描かれる。お馴染みのメンバーに加え、もちろん新たな登場人物も増え総勢30名にも及ぶひとびとが物語を動かしてゆく。

 まるで聖書か神話かというくらいのあまりにも理不尽な仕打ち、そして血の気が引くような裏切り。読み手は、圧倒的な物語の質量にひれ伏すしかない。前作から7年の月日がたっているというのに、ぼくはなんのおさらいもせず本書を読み出してまったく弊害なくこの世界に埋没していった。ケラーやアダンがすぐさま目の前にあらわれた。正直、アダンの脱獄に関してはちょっとそれはないだろうなんて思ったし、実際シナロア・カルテルのリーダーであるホアキン・グスマンて奴はトンネルを掘って脱獄したらしいが、それでもまさかって感じなのに本書のアダンときたらほんと大胆にもほどがあるんじゃないの。しかし、そのエピソードがアダンの偉大さをあらわしているし、メキシコの国家の腐敗を象徴しているんだけどね。

 とにかく本書は傑作だ。まだ上巻しか読んでないがそう言いきっちゃう。本書は絶対読まなきゃだめ。前作読んでない人は前作も読まなきゃだめ。これは壮大なサーガなのだからね。