読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

久保寺健彦「みなさん、さようなら」

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この作者の作品では、もうひとつの日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した「ブラック・ジャック

・キッド」のほうが有名なのかもしれない。しかし、そちらはあまり食指が動かなかった。ぼくとしては

この第一回パピルス新人賞を受賞した本作のほうが気になった。

この物語の舞台は団地である。主人公は一生、団地の中で過ごすことを決意した少年。彼は小学校を卒業

すると同時に団地の外にある中学校に通うことを拒否する。極真空手創始者大山倍達に憧れ自主トレ

をし、毎日クラスメートだった友達の安否を確かめるために団地内パトロールをかかさない。

この少年が、どうして団地から一歩も出れなくなってしまったのか?それは物語半ばで明かされるのだが

この部分はなかなか衝撃的だ。ぼくはオビの文句も読まず、なんの予備知識もなしで読み進めていたので

こんな話になるとは知らず、かなり驚いた。もしこれから読む方がおられるなら、裏オビの文句やAmazon

の本の紹介などは読まずに挑んで欲しいと思う。そのほうが楽しめるはずだ。

全体の印象としてはそれほど感情移入できるわけでもなく、どちらかといえばこの主人公に違和感をおぼ

えるくらいなのだが、それでもおもしろい。団地という狭い空間で生活を続ける少年といえば、引きこも

りっぽいマイナスの印象があるはずなのだが、本書から受ける印象は明るくてポジティブだ。いったいど

ういう展開になるんだ?という興味も相まってグイグイ読ませる。かつての同級生たちが一人また一人と

団地から去っていく悲哀と、それでもそこに固執する少年のどうにも曲げられない信念。おかしな話を考

えたものだ。これだけ話を広げて、いったいどうまとめるんだろう?と危惧したが、この作者なかなかの

手腕である。ちょっと変わった青春小説として記憶に残る作品だ。読んでよかった。