読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

恒川光太郎「夜市」

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ぼくの好みでいえば、表題作より「風の古道」のほうが良かった。人間界とは隔絶された幻の道。いにしえより人でない者たちが行き来してきた魔物の道。そこに迷い込んでしまった男の子の数日間の冒険が描かれるこの中編は、ファンタジーと怪異譚の境界をうまく超越しながらのびのびと描かれており一読忘れがたい印象を与える。ふとした弾みで古道に迷い込む出だしは常套、またその後友達を誘ってまたその古道に入り込む話の転がし方もありふれたものだ。だが、そこからの展開が素晴らしい。高橋克彦は、「夜市」の日本ホラー小説大賞受賞時のコメントで『後半のこんな展開は絶対思い付かないだろう』と賛辞を寄せているが、ぼくは「風の古道」の話の展開のほうが素晴らしいと思った。雰囲気も悪くない。

異世界を舞台にしたファンタジーのようなつくりの中で、ちょっと懐かしくて忌まわしい物語が語られる。登場人物すべてが乾いた人物に描かれているところが作り物の印象を強める。しかし、それはこの作者の作風であって瑕疵ではない。そうすることによって物語の寓話性が強調され、残酷さが抑えられるのである。怪異的な描写については、さほど目新しさはない。しかし欲張らない分、適度な刺激となって物語を盛り上げている。抑制されてるかのような演出が逆に目を惹くという感じだ。ここらへんの作者のセンスの良さに感服。いい作品だ。

変わってこっちが本命の「夜市」なのだが、これは『祭り』に対する誰もがもっている郷愁を通奏低音としてながしているところがミソ。ということは逆にいえば『祭り』をノスタルジーとしてとらえられることのできる世代が心底から楽しめる作品なのだと思う。しかし、こちらはちょっとオーソドックスすぎてあまり好みではない。というか、はじまりの段階から少し反感があった。だって、あなた、血を分けた弟を売り飛ばすなんて、いったいどういう神経してるんですか。これは、納得できません。

しかし、この作家の本はもっと読んでいこうと思う。以降の作品もなかなかの評判みたいだからね。