読書の愉楽

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曽根圭介「熱帯夜」

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 本書には三つの中短編が収録されていて、表題作の「熱帯夜」は日本推理作家協会賞短編部門を受賞している。しかし、ぼくはこの受賞作よりも他の二編のほうが印象に残った。単行本刊行時のタイトルにもなっていた「あげくの果て」は近未来SFであり、高齢化問題を絡めたきわめて独創的な展開の中編だった。この作者は基本ミステリ作法を遵守した反転構造の物語を得意とする人のようで、本書に収録されている三編ともなんらかのサプライズが用意されているのだが、この作品も多視点で語られる物語がラストに向けて集束していく構図が秀逸だった。いままでもこの作品で扱われているテーマは無数に描かれてきたが、何度読んでもこのテーマには複雑な思いがする。

 

 ラストの「最後の言い訳」はまるで一昔前の歌謡曲の題名みたいだが、なんとこれが素晴らしい完成度のゾンビ小説なのである。これも作者のミステリ技巧が堪能できる逸品で、尚且つゾンビ物の新機軸でもあり異形の恋愛小説でもあるというかなりハイレベルな短編。ゴミ屋敷への苦情を受ける市役所の苦情処理係の話ではじまり、その主人公の少年時代のエピソードから『蘇生者』の実態が描かれてゆく。

 

 二つの時制で進められてゆく物語はやがてラストでまたまたミステリとしてのサプライズをむかえ、意味深なタイトルへと辿りつく。う~ん、これには唸ってしまった。本書の中で一番はどれだといわれると、ぼくは迷わずこの「最後の言い訳」を推すことだろう。

 

 で、一番の目玉でありながら、あまり気に入らなかった表題作はというと、これは異色サスペンスとでもいうべき作品で、確かにミステリとしてのサプライズは用意されているが、読み慣れた読者ならさほど驚きもない展開なのである。詳しく語るとネタバレになってしまうので詳述は避けるが、すべての設定がデフォルメされすぎて逆にしらけてしまった作品だった。

 

 というわけで、すべてを気に入ることはなかったのだが、その他の作品が素晴らしかったので良しとしようではないか。この人は先に「鼻」を読もうと思っていたのに順序が逆になってしまった。次は「鼻」を読むことにしよう。