黒蓉船は異様に大きい帆を張り出して、通常の三倍の速度で海原を南下していた。群れの中でもかなりの
泳ぎ手で名の通っているぼくでさえ追いつけないほどの速さだ。
なにをそんなに急いでいるのだろう?
いつもなら寄り道してても、ゆっくり追いつけるくらい遅々とした速さなのに。
夜明けの海は凪いでいた。穏やかで温かい海流にのって、ぼくは船の後を追いかけていく。
ときたま潮を噴き上げ、ぼくのいる位置を船に教えてやる。そうしないと、船の乗組員はとても不安にな
るのだそうだ。やがて、日が高く昇り海は光に包まれる。そうするとぼくの目は乱反射に反応して薄く膜
がかかってしまう。ぼくの位置を知らせることは船にとっても、ぼくにとっても重要なことなのだ。
いくら黒蓉船が大きいからといって、ぼくとぶつかってしまえばひとたまりもないからね。
泳ぐ速度はいつもより速いけど、苦しくはなかった。ぶつかってくる海流もないし、なにより船の陽気さ
がこちらにも伝わってきてぼくの心は浮き立っていた。
おーーい。なにをそんなに騒いでいるんだい?ぼくにも教えておくれよーー!
しかしぼくの声は彼らには届かない。ぼくは意味もわからないまま黒蓉船の陽気さにつられて、大きく尾
びれをくねらせ続けた。