読書の愉楽

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ジャック・リッチー「クライム・マシン」

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 いまさらながら、ジャック・リッチーを読んでみた。本書が刊行されたのは二年前、いまではもう第三弾が刊行されていて日本でも知名度が定着した感がある。

 

 本書は、日本オリジナル編集の短編集である。三百五十篇にも及ぶ短編を書き、邦訳作品も百二十篇あるこの作家は、いってみれば短編のスペシャリストだそうで、かのヒッチコックも大のお気に入りだったそうである。読む前にそういった情報を仕入れたら、いやが上にも期待は高まる。『このミス』で1位、『文春ミステリーベスト』で2位を獲得したという実績からも実力のほどが窺えるではないか。

 

 で、どうだったかというと、大いに気に入った。こんな作家がまだいたのかと、いままで知らなかった自分を恥じた。この人の書く作品は一言でいうと『気が利いている』のである。とんとん拍子に話が転がりあれよあれよという間に予想もつかないラストに導かれていく。この場合予想もつかないというのは、適当な言い回しではないのかもしれない。もっと砕いていうならば、最後にもう一回話が転がるのだ。

 

 本書の中で、その効果が最良の形であらわれているのが「エミリーがいない」だろう。妻殺しの嫌疑をかけられている男と、それを暴こうとしている妻の従姉。普通はここで終息するだろうと思われるラストを乗り越えて、さらにもうひと捻り加えられているから、この作品は凡百の作品群から抜きん出た印象を与える。「日当22セント」も同様に物語は意外な展開をみせる。冤罪をかぶって四年間獄中生活を送った男が自分を犯人に仕立て上げた人たちを訪ねてまわるのだが、これが単なる復讐譚にとどまっていないところがこの作家らしい。ラストのオチも気が利いている。表題作である「クライム・マシン」は、こんな奇抜な設定をどう終息させるのだろうとハラハラしながら読み進んだ。だってタイムマシンであなたの犯罪はすべて目撃していますなんていう男が殺し屋のもとを訪れるのである。SFでもないのにタイムマシンだなんて、いったいどうなるんだと普通思うでしょう?

 

 この作家の特質でさらに言及しておきたいのが、抜群のユーモア感覚である。特にシリーズキャラクターであるヘンリー・S・ターンバックル部長刑事が登場する「こんな日もあるさ」と「縛り首の木」、ミルウォーキーで探偵事務所を開くカーデュラが活躍する四作品には大いに楽しませてもらった。

 

 特にカーデュラの特異な設定は秀逸で、明確にそれを指摘することなく話を進めていく手法に感心した。

 

 超怪力で弾丸をもはね返す強靭な肉体を持ち、相手に絶対気づかれない尾行法を習得するこの探偵は、午後八時から午前四時の間だけ仕事をするのである。さて、このカーデュラなる人物いったい何者なのでしょう?

 

 また、技巧的な面でみれば「旅は道づれ」と「罪のない町」という作品において、物語に登場する人物たちが事の真相を把握してないにも関わらず、読者にはそれを明瞭にわからせるなんて離れ技を披露してくれている。これは、なかなか難しい技術ですぞ。どちらの作品も二人の人物の対話で話を進めているところがミソ。なるほど、こういう書き方もあるんだなぁ。

 

 「殺人哲学者」と「記憶テスト」の二篇は、この作家の別の面を垣間見せてくれる。いわゆる背筋の寒くなる話というやつで、ラスト一行の切れ味の良さには舌を巻いてしまった。

 

 というわけで長々と書いてしまったが、スマートで気が利いてて、嫌味のない作風を大いに堪能した。
 なかなか素晴らしい作家だ。贔屓にしよう。