読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

西崎憲 編訳「怪奇小説日和  黄金時代傑作選」

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 これね、結構長い時間かけて読んだんですよ。おそらく5年くらいかかってるんじゃないかな。短編集だから、たまに電車に乗って出かけたりするときにお供にしながら読んだんだけど、これがなかなかいい効果だしていて、5年も経ったら先に読んだ作品のことなんか忘れるんじゃないの?って思うでしょ。
 確かに詳細は忘れてたりするんだけど、ここに収められている短編ってラストを読めば、かなり詳細に物語を思い出すことができたりするんだよね。で、長い時間かけて読んでるから、結構自分の身体の中に浸透していて、それぞれの情景が思い出せたりするんだよね。速読も素晴らしい技術だと思うけど、やっぱりぼくは遅読をオススメします。遅読は絶対物語が身体に浸透するからね。

 

 というわけで、本書の収録作は以下のとおり。



 墓を愛した少年 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン

 

 岩のひきだし ヨナス・リー

 

 フローレンス・フラナリー マージョリー・ボウエン

 

 陽気なる魂 エリザベス・ボウエン

 

 マーマレードの酒 ジョーン・エイケン

 

 

 七短剣の聖女 ヴァーノン・リー

 

 がらんどうの男 トマス・バーク

 

 妖精にさらわれた子供 J・S・レ・ファニュ

 

 

 遭難 アン・ブリッジ

 

 花嫁 M・P・シール

 

 喉切り農場 J・D・ベリズフォード

 

 真ん中のひきだし H・R・ウェイクフィールド

 

 列車 ロバート・エイクマン

 

 旅行時計 W・F・ハーヴィー

 

 ターンヘルム ヒュー・ウォルポール

 

 失われた船 W・W・ジェイコブズ



 以上18編である。よく知っている作家さんから、まったく知らなかった作家までなかなか充実したラインナップだ。で、内容なのだが、ここでちょっと横道に逸れて怪奇小説なるものを自分なりに考えてみようと思う。いまでは、怪奇小説といえばホラー小説のことを指すのだろうが、怪奇小説というネーミングには、ただ単に恐怖を扱った小説という意味だけで成立するシンプルさはないと思うのだ。そこには恐怖という源流に纏いつく数々の余波があり、先人が技巧を凝らした工芸品のような作品も少なくない。
 一般的にこういうジャンルは、主流にはなり得ないし、とらわれ方としては本道から外れたマイノリティだ。だが周知のとおり嘗ての文豪たちはこの追いやられた、あるいは蔑まれた一群の作品たちをこよなく愛し、そればかりか自らの手で生み出していった。そう、彼等のような主流に位置する人たちが認めるほど、この工芸品の一群は人を惹きつけて止まないのである。そうやって連綿と続いてきたこのジャンルには、まだまだ陽の目をみない傑作が数多く埋没していると思われる。

 

 あら、横道の脇道に逸れてしまった。もとい怪奇小説なるものは、ということだった。先に書いたように、怪奇小説には様々な形式が含まれており、ナチュラルなものから人間起因のリアリスティックなもの、恐怖から少し外れるが奇妙な味ともいえる不思議系までまことにバラエテイに富んだもので、またその中にも今でいうところのスプラッターな凄惨で残酷なものから、理解出来ないゆえに不穏が強調されるもの、結末や現象が曖昧な朦朧法に基づく各自がそれぞれ感じとりなさいというようなものまで多種に及ぶ。ま、個人的には時代で切り取って分類するのが一番シンプルでいいかなと勝手に解釈しているんだけどね。

 

 そこで本書なのであります。ここに収録されている作品群は副題にもあるとおり、怪奇小説の黄金期である19世紀後半から20世紀前半に書かれたものから精選されたもので、編者の西崎氏オススメの素敵な作品が目白押しなのであります。各編については詳しくは書かない。読むのが一番、是非読んでみて下さい。でも、やっぱりちょっとだけだけ書こうかな。途轍もなく印象に残ったのは「遭難」と「列車」の中編二つ。他の作品より長いのもあるけどこの二つそれぞれナチュラルなものと超自然的要素のないものとが描かれ見事に完成された作品となっている。どちらも結末に至る道行きが丁寧に書き込まれており、見ようによってはそれが助長に感じられるかもしれないが、それこそが滋味であり物語を豊かたらしめているといえる。さらに付け加えるなら、どちらの作品も描かれる場面の一つ一つが鮮明に頭の中のスクリーンに映し出され、刻み込まれていき、映画を観たような錯覚に陥るほどだ。

 

 というわけで怪奇小説黄金期に書かれた18編の精髄たち、とくと御賞味下さい。