子盗り鬼がやってくる。
どうやら昼間、娘が連れて帰ってきたらしい。というのも昼間はこの鬼、とても愛らしい子供の姿をしてるから、大抵の人はまさかこの子供が子盗り鬼だなんて思わないらしい。だから、ウチの娘もだまされた。
子盗り鬼は吸血鬼と同じで招かれない家には入れないという性質をもっている。
昼間に愛くるしい子供の姿で招かれておいて、夜にもう一度その家を訪問するというのが奴らのやり方なのだ。気づいたときには、時すでに遅しというわけである。
我が家には、深夜1時を過ぎたころにやってきた。
突然の家鳴りに家族全員が起こされる。ガタガタ、ミシミシと凄まじい勢いで音が鳴る。最初は地震かと思った。しかし、体感する揺れはない。みんな恐怖に驚き、居間に集まった。
いまのは何だ?凄い音だったじゃないかとみんなで話していると、突然娘が窓を指さし叫んだ。
「あああ、あの子が来てるーーー!」
驚いて窓を見ると、すりガラスにどうやら子供らしい背の低い影が映っていた。
しかし、一目散に窓に駆けよりその子を中に入れようとした娘をぼくは制した。
なぜなら、そこに映っていた子の顔が妙に長く、そして左右不均一に歪んでいたからだ。
それはとても禍々しい雰囲気を放っていた。見てはいけないものという感じだった。
それにここはマンションの四階ではないか。いったいどうやって、あの子はここのベランダまでやってきたんだ?
ぼくの様子を見て娘もようやく気づいたようだ。ハッと息を呑む声がした。
やがて、その禍々しい影はガラスに顔を押しつけてきた。どうやら笑っているらしい。口の部分からは大量のヨダレが流れ出し、ガラスを伝って落ちていた。
それにしても、なんて恐ろしい顔なんだ。どうして顔の長さが胴体と同じくらいあるんだ?あのでこぼこした頭はなんだ?どうして左右の目の位置がズレてるんだ。
その子の顔は、見れば見るほど恐怖をかきたてた。家族全員が同じところを見つめ、その場に凍りついていた。
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
その子が窓を拳で叩きはじめた。
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
窓が振動し、ビリビリ音をたてる。だめだ、このままじゃ、窓が破られる。そう思った瞬間おおきな音をたてて窓が粉々に砕け散った。
途端に押しよせる異臭。死体の腐ったような匂いだ。
そして、ぼくは見た。そいつの姿を。その禍々しく、醜悪なこの世のものとは思えない姿を。
恐ろしく長い顔。目は空洞だ。黒い点だ。顔全体が少し傾いた様子は「もののけ姫」にでてきた森の精を思い出させた。しかし、こいつには角があった。右目のすぐ上から生えていた。ひどく歪で、規則性のない生え方だった。大きく開いた口からは、大量のヨダレが流れだし、何本かの尖った歯が見えていた。
そいつは、割れた窓から入ってきた。一歩足を踏み入れてグフッと鼻を鳴らし、娘に手を伸ばしてきた。
それまで家族全員恐怖に身動きできない状態だった。だが、このとき娘があげた絶叫でぼくの呪縛は解かれた。
「ああああああーーーーーー」
大きく声を張り上げながら、ぼくはその嫌らしく禍々しい子盗り鬼に飛び掛った。
そいつの肩をつかみ、大きく振り上げベランダから下に投げおとしてやった。子盗り鬼は直立不動の姿勢のまま真っ直ぐ落下していった。そして、すとんと地面に降り立つと、ぼくの方を見上げて大きく口を開けた。子盗り鬼が笑ってる。あいつは死なない。
あいつはまた戻ってくる。そして娘を連れていく。
あああ、いったいぼくはどうすればいいのだろうか。