読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

岩井三四ニ「難儀でござる」

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この人の本は今回初めて読んだのだが、至極読みやすくて好感をもった。

本書には八編の短編がおさめられている。扱われている時代は戦国時代だ。この混乱を極めた時代にあ

って難問に直面する人々が描かれる。

巻頭の「二千人返せ」は緊張する駿河と甲斐の攻防戦において、甲斐の国で退路を断たれた駿河勢二千

人奪還のため送り込まれた使者の老僧と武田信直(信虎)との駆引きが描かれる。激烈な性格ゆえ、兵を

無傷で返すのに二万貫文というとんでもない条件を提示する信直。対する老僧宗長は、使者の役目を忘

れたわけでもないだろうに、交渉そっちのけで連歌会などをひらいてあちこち出歩いている。

宗長の監視役を仰せつかった側近衆の甘利備前守は、他人事ながら二千人の処遇の行方に気を揉んで腰

の座らない毎日だ。信直と宗長の間に立って、お互いの反する言い分に挟まれた彼は苦渋の決断を迫ら

れる。

一筋縄ではいかない宗長が、いったいどういう奇策をもって二千人を奪還するのかというのが本作の読

みどころであり、間に立たされた甘利備前守の主従関係に立ち込めるアイロニーが激しく共感を呼ぶ一

編である。

つづく「しょんべん小僧竹千代」も、幼き家康の人質時代に起こった秀逸なネゴシエイト劇を描いてい

て読ませる。物語の結末は予想できても、その過程に醍醐味がある。なかなか印象深い作品だ。

「信長を口説く七つの方法」は先帝の十三回忌を前に先立つもののない禁裏が、いまをときめく覇王信

長に二百貫文出させようとする話だ。ユーモアに包まれた楽しい一編だった。

以下「守ってあげたい」「山を返せ」「羽根をください」「一句、言うてみい」「蛍と呼ぶな」といさ

さか時代物とはかけ離れたタイトルが続くが、それぞれ歴史の表舞台には出てこないが興味深い出来事

が描かれていて、楽しめた。

戦国の世とはいえ、難局に対する人間の反応というものは今も昔も変わらない。億劫なものは億劫だし

怖いものは怖い。あくまでも人間としての素の反応を描こうとした作者の姿勢に大変好感をもった。

小品ながら、本書は共感とユーモアをもって忘れがたい印象を与えてくれる。時代小説嫌いの方にも強

くオススメしたい本なのである。