昨日と同じだ。あいつが出てきて、ニヤッと笑うところまで一緒だ。
ぼくは、また最初に戻って同じ道を歩きはじめる。ゆっくりとだが、確実に。しかし、歩みは遅い。不思
議と前に進まない。これが夢のもどかしさ。いくらがんばっても無理なのである。
奇妙な感覚を引きずったまま、ぼくは歩き続ける。右手には木立越しにきらめく湖面が見えている。かな
り大きな湖のようだ。琵琶湖じゃないな。だって、琵琶湖にこんな風景なかったもの。左手は山肌がその
ままになっている自然の壁だ。キハダやブナの木、ウルシにイヌタデが密集している。
やがて道が大きく左にカーブして、赤い屋根が見えてくる。昨日と同じだ。小さい家かなと思いながら歩
いていくと、これが結構大きい二階建てのログハウスなのだ。ここは一階がおしゃれな喫茶店、二階には
宿泊設備が整っている。ぼくはここの手作りピザが大好きで、訪れるたびに分厚くてフワフワの生地に舌
鼓をうっているのだが、昨日は食べなかった。おそらく今日も食べないだろう。
ログハウスの敷地内に入ると、黒い男が佇んでいるのに気がついた。男はぼくには気づいていない。建物
のほうを向いてしきりに指を動かしている。ちょっと近づいてみると何かを数えているようだ。声には出
さないが、口が動いているのが確認できた。ぼくは黒い男に不審を抱き、大きく迂回して建物に近づく。
男はぼくが視野に入ってくると、こちらにさっと目を向け、また何事もなかったように建物を見て指差し
数える。
ちょっと怖かった。
男の仕草も怖いし、よく見ると明るい色の服を着ているのに、どうして最初その男を『黒い男』だと認識
したのかがわからなくて、さらに怖くなった。
ここまでの過程も昨日と同じ。ぼくは同じ現象を二度経験している。夢の中で。
建物に入ると、嫌な匂いがした。甘ったるくて、かすかに腐敗臭をふくんでいる。でも、ぼくは何事もな
いような顔をして、一番気持ちの良さそうな、陽射しが当たる窓際の席に座る。
やがて、店の主人がお盆に冷たい水の入ったコップをのせてやってくる。
ぼくはピザを注文したいのを我慢して、コーヒーを頼む。どうしてだかは、わからない。昨日も同じだっ
た。コーヒーがくるまでの間、何気なく窓の外を見ると、さっきの男が窓に張り付かんばかりに近づいて
きていた。驚いたぼくは、声をあげる。ちょっと飛び上がって。
驚いた店主が走ってくる。そして盛大にこける。これも昨日と同じ。
ぼくは立て続けに驚いたせいで、その場にへなへなとくず折れてしまう。
痙攣してる店主は起き上がらず、知らない間に『黒い男』がぼくの近くに佇んでいる。
見上げるぼくの目を指差し、何かを数えながら男がニヤッと笑う。
ああ、厭だ。また昨日と同じだ。