よかったー。すべてがよかったー。久しぶりに余韻にひたったー。熱心なSF読者でもないから、目についたものをピックアップするだけなんだけど、この短編集はすべてが驚きとワクワクに満ちていて、かき乱されちゃいました。収録作は以下のとおり。
「なめらかな世界と、その敵」
「ゼロ年代の臨界点」
「美亜羽へ贈る拳銃」
「ホーリーアイアンメイデン」
「シンギュラリティ・ソヴィエト」
「ひかりより速く、ゆるやかに」
表題作からフルスロットル。読み始めてすぐにその異変に気づくけど、こっちはもうあれよあれよと読まされて無条件に引っ張られてゆく。この作品は映像化不可なのでございます。なんとなれば、ここで描かれるのは並行世界が日常と化した世界なのだ。だから、ここに登場する主人公の女子高生は無限にあらゆる世界に存在するのである。しかもその並行世界を自在に行き来して同時に存在してしまうのである。ここではそれを『乗覚』と呼ぶのだけどね。例えば、教室で友だちとダべっていて振りむいてコンビニのバイトの先輩と会話したりする。朝起きて食卓につく父親に挨拶して、父が亡くなったことを思いだし、出かける時に両親から「いってらっしゃい」と言われる。なんていうの?もう、目がバッキバキになっちゃうくらいの刺激なのでございます。
かと思えば、次の作品では明治に始まる日本のSF偽史が語られる。読ませるよねー。そして、完全ノックアウトされちゃったのが三番目の「美亜羽へ贈る拳銃」ね。伊藤計劃を愛する人々に幸あれ。この作品を読んで激しく感情を揺さぶられた。こんなに苦しいのって東野圭吾「秘密」を読んだ時以来だった。続く二作はタイトルだけ見たらなんのこっちゃ?なんだけど、これもたちまち引き込まれてしまう。アイアンメイデンていうとヘビメタバンドしか思い出せないぼくですが、なるほど『鉄の処女』ね。で、ホーリーね。ストンと腑に落ちるね。A.I.が幅をきかせた世界を描く改変物の「シンギュラリティ〜」は、007かってくらいの丁々発止のやりとりが息詰まる作品で、立場が目まぐるしく入れ替わる快感がおもしろい。クローンのレーニンがいっぱいいるのってシュールで笑える。
で、ラストの書き下ろし「ひかりより〜」は、時間低速化現象を扱った作品で、以前ロバート・ショウの「去りにし日の光」を読んだのを思い出した。あちらは光が透過するのに極端に時間がかかるスローガラスを描いていたが、本作はもっと大掛かり。ちょっとシスターフッドも入って、いったいどういうラストを迎えるんだろう?といろいろ想像したけど、素晴らしい決着だった。
伴名練の描く作品は、すべてやさしさに包まれている。大きくまとめるとそう思う。とんでもない世界が描かれるが、読み終わると心穏やかな静謐が訪れる。それでいて、刺激も存分に味わえる。神かよ。もっともっと読みたい。アンソロジストもいいけど、もっともっと作品書いてくださいませ。