皆川時代小説集である。全八編それぞれバラエティに富んだ趣向が凝らしてある。まずはタイトルをば。
■ 「化蝶記」
■ 「月琴抄」
■ 「橋姫」
■ 「水の女」
■ 「日本橋夕景」
■ 「幻の馬」
■ 「がいはち」
■ 「生き過ぎたりや」
うれしいことに、この中で「化蝶記」、「幻の馬」、「がいはち」の三編はミステリでもある。
表題作の「化蝶記」は鶴屋南北が登場するのだが、幽霊絡みの事件が語られておもしろい。歌舞伎の世界
に遊ぶ幻想が殊更強く印象に残る好編。
あとの二作は放浪の絵師歌川芳雪が探偵役をつとめるミステリで、一応謎も解明もあるのだが、この二作
品の面白味はそこになくて、自由に描かれる作者の筆勢に滋味があるといっていい。特に「がいはち」は
清水次郎長や森の石松が登場して、更に続く物語がみえているところが心憎い。ぼくが知らないだけで、
まだ見ぬ作品で描かれているのだろう。
「月琴抄」「橋姫」「水の女」は、純粋な幻想小説。大正の時代を舞台にあでやかで、蓮っ葉で、残酷な
いつもの皆川節が堪能できる。特に「月琴抄」「橋姫」に登場する中州は「ゆめこ縮緬」に収録されてい
た「文月の使者」と同じ世界のようで、強く印象に残った。
残る「日本橋夕景」と「生き過ぎたりや」は正統な時代物。この二作では「生き過ぎたりや」が素晴らし
い。こんな時代物読んだことありません。なんて美しくて驚異に満ちた世界なのだろう。この作品のラス
トは、あの傑作「太陽馬」にも通じる悲壮美にあふれている。
時代物好きには是非読んでもらいたい作品集だ。どうしてこれが、文庫になってないのだろう?
日本の読者のみなさん、村上春樹もいいけど、ここに本当に素晴らしい作家がいるのですよ。もっともっ
と読んでいただきたい。切にそう願います。