読書の愉楽

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武田武彦編「怪奇ファンタジー傑作選」

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 読書の大海に漕ぎ出したばかりの中学生ベックにとって、本書との出会いは衝撃的だった。集英社コバルト文庫はいわゆるジュブナイル系の老舗のようなレーベルだが、概ね女子に向けての作品ばかりで当時のぼくは見向きもしなかった。かろうじて夢枕獏の「ねこ弾きのオルオラネ」を読んでいた程度である。その普段は見向きもしないコバルト文庫の棚に本書を見つけたのは、やはり必然だったのだろう。『怪奇』という文字に妙な昂りをおぼえた。その頃はまだ海外作品にも接してなくて、海の向こうの作品がいったいどんなものなのかは皆目見当つかなかった。でも、恐る恐る手にとって見てみれば、なんとも魅力的なタイトルが並んでいた。ここで本書の収録作を紹介しよう。

 ・「人花」    ジョン・コリア

 ・「猿の手」   ジェイコブズ

 ・「赤死病の仮面」エドガー・アラン・ポオ

 ・「幽霊」     マーク・トウェイン

 ・「骨」     レイ・ブラッドベリ

 ・「ランプ」   アガサ・クリスティー

 ・「人狼」    フレデリック・マリヤット

 ・「手」     モーパッサン

 ・「妖女」    ゴーゴリ


 このラインナップはいまから思えば、英米の作品にこだわらずフランスやロシアの作品も網羅しているという点で非常に有意義なものだということがわかる。

 もちろん当時のぼくはこれらの作家の半数も知らなかったし、そんな選者の思惑とも無縁だった。だが、一読してその魅力的な世界の虜となったのは言うまでもない。

 とにかくこの中で一番衝撃的だったのがジェイコブズの「猿の手」だ。いまだに海外のホラー短編で本書を超える怖さに出会ったことがない。あまりにも定番なこの作品は、やはり歴史に残る作品だけにいま読んでも充分衝撃的である。読者の想像力を揺さぶって恐怖を最大限に引き出す作品として永遠に残り続けることだろう。この作品の凄いところは、恐怖の対象を文字通り描いてないところにある。ドア一枚を隔てて、向こうにいるものの忌まわしい姿を読者の想像にゆだねている。しかし、本書から受ける恐怖は各人各様であるにもかかわらず、そこは作者の筆勢によって一定量以上の恐怖が引き出されているのである。いまこれを書いててあらためて気づいた。やっぱりこの作品は凄いぞ。

 これに対してポオの「赤死病の仮面」はイマイチだった。どうも観念的というか、不定形というか、ぼくには正直合わなかった。これは、いまでも変わらぬ感想である。ぼくはどうもポオの作品とは相性が悪い。彼の描く恐怖はその世界にどっぷり浸かってしまわないといけないのだが、どうもぼくは彼の描くニューロティックな世界が肌に合わないようだ。

 同様にブラッドベリの「骨」も、なんじゃこりゃ?という感じだった。これでは、まるで漫画ではないか。これを受け入れるキャパは当時のぼくにはなかった。だから、みんなが大好きなブラッドベリは、ぼくにとってはたいして重要な作家ではないのだ。

 本書の中であまり感心しなかったのはこの二作だけで、他の作品に関しては上記のとおり新しい世界を驚きと堪能でもって教えてくれた良作ばかりだったといえる。

 中でもジェイコブズ以外で特に印象深かったのがマリヤット「人狼」とゴーゴリの「妖女」である。

 「人狼」は他のアンソロジーでも多々とりあげられている作品で、最近では宮部みゆき編の「贈る物語Terror みんな怖い話が大好き」に「猿の手」と並んで収録されていた。東京創元社の「怪奇小説傑作集〈2〉」で読んだ方も多いことだろうと思う。要するにこの作品は傑作なのだ。人狼物をこういう切り口で語った話は他にないだろうと思われる。継母とはねえ・・・。

 「妖女」は文豪ゴーゴリがロシアの民間伝承をもとに描く、とんでもなく派手で奇妙で怖い作品。これ映画にもなってたと思うが、う~ん、この展開はおもしろすぎる。というか、こういう話は一人の人間の頭からは生まれないと思う。ロシアという風土と、そこに根を下ろす人々の間で伝え伝わり熟成されていった昔話がゴーゴリによって世に知らしめされた奇跡のような作品だ。

 というわけで駆け足で紹介してきたが、とにかく本書を読んでぼくは開眼した。そう、恐怖小説、ホラー小説というものの旨みに最良の形で接することができたゆえ、その虜になってしまったというわけなのである。