恥ずかしながら、小川洋子の本は一冊も読んだことがない。なぜだか読みそびれたまま、いままできてしまった。「ホテル・アイリス」「まぶた」「薬指の標本」などを買ってあるのだが、読めてないのだ。
にもかかわらず、こんな本を読んでしまった。なぜなら、ぼくは未知の作家が収録されているアンソロジーに目がないのだ。本書に収録されてる作品は以下のとおり。
◇「件」 内田百閒
◆「押絵と旅する男」 江戸川乱歩
◇「こおろぎ嬢」 尾崎翠
◆「兎」 金井美恵子
◇「風媒結婚」 牧野信一
◆「過酸化マンガン水の夢」 谷崎潤一郎
◇「花ある風景」 川端康成
◆「春は馬車に乗って」 横光利一
◇「二人の天使」 森茉莉
◆「藪塚ヘビセンター」 武田百合子
◇「彼の父は私の父の父」 島尾伸三
◆「耳」 向田邦子
◇「みのむし」 三浦哲郎
◆「力道山の弟」 宮本輝
◇「雪の降るまで」 田辺聖子
◆「お供え」 吉田知子
これに各作品についてエッセイのような簡単な文章を小川洋子が添えている。小川作品に慣れ親しんだ人なら、これらの作品の醸し出す雰囲気には感じるものがあるのかもしれない。ぼく的には、そういう感慨はなかったが、各作品けっこう楽しめた。それぞれその作家の代表作には決して選ばれないであろう作品ばかりで、それが逆に新鮮だ。アンバランスな小説が好きだと公言するだけあって、少しヒネくれてたり後半で転調したり、奇妙な世界が表出したり、こういう作品はぼくも割りと好きである。最初の三作以外はすべて好きだといってもいい。そのなかでも印象深いのは金井美恵子「兎」、三浦哲郎「みのむし」、宮本輝「力道山の弟」、田辺聖子「雪の降るまで」、吉田知子「お供え」の5作品だ。谷崎の「過酸化マンガンの夢」も、日記に綴られているような東京滞在記が後半異様な世界に嵌まり込んでゆくところが素晴らしい。この息遣いはどうやったら会得できるのだろうか。
本書は意外に分厚い。357ページあるのだが、これが読みだしたらスルスルスルスル坂を転がるように軽快に読めてしまうから不思議だ。この読書スピードの遅いぼくが3時間ほどで読んでしまったのだからこれは本当の話である。本来ならもっとそれぞれの作品について言及するところだが、それは止しておこう。このラインナップを見て少しでも興味を惹かれた方なら間違いなく本書は楽しめます。起伏に富んだ短編世界の醍醐味が充分に味わえますぞ。