読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

畑野智美「国道沿いのファミレス」

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 恋愛小説に代表されるいわば普通の人々を描いた小説は、ミステリやSFやファンタジーのように日常からかけ離れた部分に興趣をもたせる類のそれと違って奇をてらった要素がない分、純粋にストーリーやキャラクターの魅力で読者を惹きつけなければいけない。自然そこには、日常でありながらもドラマティックな要素が盛りこまれ、次はどうなる?と謎の解明に似たゴールにむかって読者を引っぱっていかなければならない。

 

 だからぼくは常々このジャンルの小説を書く人ってのは、凄いなと思っていたのだ。だって、日常を描いて興趣をつないでゆくってのはなかなかのものでしょ。

 

 本書の舞台は東京近くの地方都市。ファミレスの正社員として東京で働いていた佐藤善幸は女性関係に関するデタラメをネット掲示板に書かれ、生まれ故郷である地元の店舗に左遷される。彼には、小さい頃から一緒に育ったシンゴという親友がいるのだが、地元に帰ってきた善幸は実家には行かず、まずそのシンゴの家に落ち着くのである。なにやら深い理由がありそうなのだが、それも間もなく判明する。過去の出来事と今の主人公の立位置を無駄なく、無理なく自然と書きこんで物語はすすみ、今度はフェミレスで働く人々が次々と登場する。これ以上は詳しく書かないが、作者はさまざまな登場人物を巧みに描きわけなんでもないような日常をささやかな事件と雑多なエピソードで彩ってゆく。

 

 本書の帯に大きく『全世代、共感まちがいなし!」なんて書かれているが、本書に出てくる人々にさほど共感を呼ぶタイプはいない。少なくともぼく自身はそうだった。けっこうグダグダの主人公を筆頭に、おもしろいけど、あまり好きじゃないなと思うような人物ばかりが登場する。

 

 しかし、それが逆に本書の魅力になっている。グダグダだけど、か細いながらも一本の芯が通っている主人公もそうだし、嫌だからこそ目が離せないなんてキャラもいて、これが興をつないでゆく。

 

 ストーリー自体は、別に入りくんだプロットがあるわけでもなく、ラスト近くにいたっては、なかなかの御都合主義的展開になったりしてちょっと鼻白むが、それでもグイグイ引っぱってゆくおもしろさは持続している。何度も書くが、こういう普通の日々を描いて読者の興をはなさない技術は以上のような反感やちょっとした瑕疵など物ともしない強みなのである。なんだかんだいっても、結局のところ最後まで読んで出てくる人々の行く末に思いをはせたりしちゃってるのだから。

 

 この人、本作で小説すばる新人賞を受賞してデビューし、すでに何作か書いているらしい。他の作品も読んでみるか。