「恋するたなだ君」と「誰にも見えない」を読んで、なんと自由度の高い作家さんなんだと感心し、また楽しく読んだのだが、しばらくご無沙汰でした。本屋さんの新刊コーナーでたまたま手にとってみたら、なんとも予想のつかない本でもあり、部厚さもそこそこの文庫だったので、なんかビビッときたんだよね。
かいつまんでしまえば、本書は久美ちゃんという一人の女性の幸せを求めて彼女を取り巻く人々があれやこれやと奔走する姿を描いたドラマである。でも、それが一筋縄ではいかない。そうでなくっちゃおもしろくないよね。だから、逆説的に本書は、おもしろい。とりあえず、読んでいるこちらはなかなか翻弄されちゃうのです。
どう翻弄されるのかってぇと、突然なんの脈絡もなく登場人物の一人の手帳に書かれている手記なんかがかなりのボリュームで挿入されたりする。しかもその内容がちょっと尋常じゃない。むむっ、そっち系?いったいこの手帳はどういう経緯で作者の手元にきたのか?なぜここで登場するのか?さまざまな憶測が奥歯に挟まったまま、少しの違和感と期待と不安を抱えて読者は読みすすめる。
かと思えば、展開がおとぎ話風になってそういう演出におごそかにつまづきながら、しかし物語は滑らかに淀みなくすすんでゆくから、心はざわつきながら読みすすめる。また新たな要素が加わってそれがグッドケミストリーなのかバッドケミストリーなのかいったい物語はどこへ向かってゆくのだろうかとミステリー列車に乗ったかのようなワクワク感とすごく遠くにあるかすかな不安と共に読者は読みすすめる。
斯様に本書は能天気なほんわか風の表紙に油断していると、いろいろ驚かされる。例えるならば遊園地で小さい子供用だと思っていたメリーゴーランド風の乗り物がいきなり空中三回転くらいの続きループのある本気の絶叫マシンだったって感じ?いやいやそれは言い過ぎか。別の例えで言うと、何気なく入った洋食屋で、メニューを開いてみればまるで馴染みのないルーマニア料理がズラリと並んでいて、思わぬ成り行きに底から沸き立つ興奮と武者震いに頭の芯がボーっとなってしまうかんじ?んじゃねーな。
ま、とにかくあれよあれよとするすると大団円にむけて突きすすんでゆくわけなのです。でも、物語に決着がついてようやく落ち着いても、まだ60ページほど残っているのである。
そこからのいまひとつの物語は、この本を読む者にとって、大きなサプライズとなる。この本を読む者すべてが、この物語をこよなく愛すことになる。素晴らしきかな、「燃えよ、あんず」。
ぼくは、この本に出会えて本当によかったと思うのです。そしてぼくも世界にむかってこう叫びたくなるのです。
『寄せて来い全世界の苦しみよ!俺を殴って憂さを晴らせ!』