以前にもBD(バンド・デシネ)の作品を何作か紹介した。国書刊行会から出てたクリストフ・シャブテ「ひとりぼっち」、エマニュエル・ギベール「アランの戦争」、パスカル・ラバテ「イビクス」などなどである。フランスの漫画など読んだことがなかったので、その独特の画風や物語性豊かな作品世界に圧倒されたのだが、今回読んだこの「ピノキオ」も素晴らしい作品だった。
といっても、これが一筋縄ではいかないのである。「ピノキオ」といえば、誰もがご存知のとおりゼペットおじさんが作った木の人形が数々の困難を乗り越えて(コッローディの原作を読んだ方ならおわかりだと思うが、この表現はかなりオブラートに包んだもので、実際のところピノキオの辿る道は自らの過ちを上塗りする形で最悪の方向へと進んでゆくのである)やがて人間の男の子になるという物語で、現代にいたるまで数多くの読者を得ることに成功したほんの一握りの優れた作品のうちの一つなのだが、本書はそれを下敷きにしながら、まったく違った世界を描いているのである。
まず断っておくが、本書は児童書である「ピノキオ」を元に描かれている漫画なのだが、まったくもって子供向けではない。設定からしてとんでもないもので、ピノキオは発明家であるゼペットの作った最終兵器であり、全編を通じてまったく感情を持たないロボットとして描かれている。そんな彼の頭の中に失業したばかりのゴキブリ・ジニーが住みついたことから物語は変な方向へ流れはじめる。SEX,殺人、子殺し、死体損壊、変態性欲――――こうやって書き出してみれば、なんて鬼畜な話なんだと思われるかもしれないが、これが抜群のストーリー展開でもって数々の秀逸なエピソードとともに語られる。白雪姫と七人の小人が出てきたと思ったら、これが眠れる美女とそれを弄ぶサイコな変態集団の話だったり(そこに少しフランケンシュタインのテイストがまぶされているところなんて、凄くセンスがいい!)クジラに飲み込まれる話への件が巻頭から伏線として登場しそこにタイタニックの沈没を絡ませたり、原作に登場する狐と猫を浮浪者の二人組み(一人は盲目で、それが繰り返しのギャグとして使われる)として登場させそれもラストに向けて驚きの展開に派生させたりと、まさに息つく間もないおもしろさなのである。
グロくてどぎついストーリーながら、ぼくは何度も笑ってしまった。これはそういうお話なのだ。恐怖と不気味さと共にそれに覆いかぶさる要領で笑いが到来するのである。
また、基本的に本書は台詞のない絵だけの展開で進んでゆくのだが、ピノキオの頭の中に住み着いたゴキブリ・ジニーの登場する場面だけ饒舌ともいうべき語りによってちょっぴりリアルでペーソスにあふれた擬似ハードボイルドっぽい展開で笑わせてくれる。これがアクセントにもなっているのだが、ここでの出来事が大きく物語を左右してゆくのも安定したギャグとしてかなり笑えるのである。
とまあ、こんな感じでかなり破天荒なストーリーなのだが、これはやはり傑作だ。是非一読されることをオススメする。これを読み逃すのはちょっと大袈裟かもしれないが、世紀の大失態だと思うのである。