読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

スティーヴ・ハミルトン「解錠師」

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 幼い頃に悲惨な体験をして、そのことが原因で一言もしゃべれなくなってしまった少年マイクル。彼にはどんな錠前でも開けてしまう特殊な技能と、物事をしっかり記憶してそれを描写する才能があった。高校生になった彼はあることがきっかけで裏の世界とかかわることになる。錠前破りという技能をプロの金庫破りから学び、さらに高めていった彼は過酷な犯罪のプロの世界で生き抜いてゆくのだが・・・・。
 
 マイクルはなぜ言葉を発することができないのか?いったい彼はどんな体験をしたのか?このことが判明するまでが第一のカタルシス。そしてこれはプロローグで語られることなのだが彼が塀の中に囚われている現在の状況はどういう過程を経てたどりついたのか?この二つの答えが出揃って本書は幕を閉じる。

 そのことが彼の生い立ちを語るパートと犯罪に手を染めていくパートに別れて語られる。とても面白かった。交互に語られるそれぞれのパートで少しづつ浮きぼりにされてゆくマイクルを取りまく世界。彼が何を考え、何を思い、何を信じていったのかが話すことができないという境遇ゆえに強調されて読者に響いてくる。またそこにはさまざまな人との出会いがあり、その中で生涯愛することになる女性とも結ばれる。ここで重要な役割をするのがマイクルのもう一つの才能である絵なのだ。彼はコミュニケーションの一つとして自分の体験を絵にして彼女に伝える。彼女も絵を勉強していたので、お互い自分の体験や思いを絵にして会話する。この場面にはすごく惹かれた。自分にできないことなので素直に憧れた。

 

 だが、本書で描かれるのはそんな素敵なことばかりではない。犯罪の暗い面も充分に描かれていて、非情で容赦ない負の要素がたくさん盛りこまれている。いずれにしてもプロの世界はシビアで妥協がゆるされない世界なのだ。

 

 ところで、いまのところぼくは本書の良い部分しかアピールしてない。これ以降の文章はいわば蛇足であって本書についての否定的な部分を書くので読み飛ばしてもらってかまわない。

 

 実のところ、読み終えてみてこれが心に残ったかといえば、さほどでもなかったのである。こういう作品を読み終えたあとに得られる素敵な映画を観て劇場から外に出たときのような高揚感が本書にはなかった。いったい何が原因なのか考えてみたのだが本書の構成に問題があったのではないかと思うのだ。過去と現在を交互に語る構成はよくあるし、最初に書いた二つのカタルシスを効果的に描くためには、この構成が常套なのだ。だが本書ではその時系列が近すぎるために時間の隔たりによるクッションと、物語の進行をリセットし核心を追う過程を焦らしてゆくテクニックが充分にいかされていなかったように思う。ぼくはそこが引っかかった。これって個人的な好みのレベルなのだ。本当は書かなくてもいいことなのだろうが、自分の気持ちを正直に書いておきたかった。申し訳ありませんでした。