読書の愉楽

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文藝春秋編 「奇妙なはなし アンソロジー人間の情景6」

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ぼくの好きなアンソロジーなのである。この文春文庫から出てる【人間の情景】というアンソロジーシリーズは文藝春秋七十周年記念出版として八冊刊行されていて、本書はその六番目。「奇妙なはなし」って、いかにもミステリ好きが喜びそうなアンソロジーでしょ?

 

で、収録作は以下のとおり。



Ⅰ・日常の隙間

 

 「ミリアム」 T・カポーティ

 

 「足あと」 チャペック

 

Ⅱ・時空を越えて

 

 「過去への電話」 福島正実

 

 「たんぽぽ娘」 R・F・ヤング

 

Ⅲ・悪夢の迷路

 

 「人面疽」 谷崎潤一郎

 

 「死人の村」 キプリング

 

Ⅳ・もう一つの世界

 

 

 「時間をかけた料理」 津山紘一

 

 「猫町紀行」 つげ義春

 

Ⅴ・消えた人々

 

 

 「沼のほとり」 豊島与志雄

 

Ⅵ・絶対絶命

 

 「穴の底」 伊藤人誉

 

 「花妖記」 渋澤龍彦

 

あと、その合間に『みじかい話』として

 

 「魔物」 中山義秀

 

 「沼」 芥川龍之介

 

 「蛇」 夏目漱石

 

 「箪笥」 半村良

 

 「セメント樽の中の手紙」 葉山嘉樹

 

 「空中」 夢野久作



が収録されている。なかなか充実したラインナップでしょ?だが、通して読んでみて感じたのは、小粒な印象なのだ。それぞれ珍しい作品ばかりだし、知らない作家なども多いので期待していたのだが、イマイチこれだ!というような作品がなかったのである。一番残念だったのがヤングの「たんぽぽ娘」だ。この名のみ高く読むこと叶わなかった作品を、ついに読むことが出来たのにも関わらず、これがまず心に響かなかった。ヤングお得意の時間SFを題材にロマンチックな短篇にまとめてあるのだろうが、このラストはいただけない。ぼくはこれを読んで、ロスマクの「ウィチャリー家の女」や二―リィの「心引き裂かれて」を思い出してしまった。これらの作品を読まれた方なら、「ああ、そういうことね」とわかっていただけることと思う。まったくもって不敵な作品なのである。あと記憶に残ったのは谷崎の「人面疽」だ。これはちょっと話の展開がホラーじみてて良かった。あの映画「女優霊」に似た不気味さがあって良かった。津山紘一「時間をかけた料理」は、なんとも人を食った話で、こういう雰囲気の小説はあまり見かけたことがない。おされー、な感じも保ちつつなんとも奇妙で拍子の抜けた魅力のある作品だ。あと、ちょっと驚いたのが乱歩の「防空壕」。何が驚いたって、乱歩の作品に「オ○ニー」なんて単語が出てきたことに衝撃を受けてしまった。この頃に、もうこういう言い回しがあったのだねー。もっと慎ましく「自慰」とか「手淫」とかいう表現がぴったりな気がするのだが。

 

『みじかい話』の中では漱石の「蛇」の記述に感銘を受けた。この感覚は素晴らしい。ぼくも真似したいと心底から思った。あと葉山嘉樹「セメント樽の中の手紙」は、ちょっとショッキングな話すぎて記憶に残った。これは、ありえないでしょ。

 

というわけで、小粒な作品ばかりだったが、やはりアンソロジーの面白味は、未知の作家や作品に出会うことなのである。そういった意味では、本書はたいへん意義深い一冊だったのではないかと思う。

 

いまでは、もう本書も絶版なんだろうけどね。