読書の愉楽

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リンウッド・バークレイ「失踪家族」

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 ホームズ譚の挿話である「ジェイムズ・フェリモア氏の失踪」を例に挙げるまでもなく、劇的な失踪事件というものはミステリの題材として、とても魅力的だ。

 

 本書はそんな不思議でショッキングな失踪事件で幕を開ける。14歳のシンシアが朝目を覚ますと、自分以外の家族全員が消えてしまっていたのだ。これは、悪夢以外のなにものでもない。昨日まで、普通に暮らしていた家族が突然いなくなってしまうなんて、理解の範囲を超えている。彼女は母の妹である叔母のテスにひきとられる。そして25年の月日が経ち、いまでは愛すべき夫と一人娘と共に平和な家庭を築いていた。だが、当然のごとく彼女の心の中にはあの失踪事件が癒えない傷となって残っている。どうして突然いなくなってしまったのか?自分は捨てられたのか?それとも自分以外の家族全員が殺されてしまったのか?だとすれば、どうして自分だけが生き残っているのか?

 

 本書の語り手はシンシアの夫のテレンスだ。彼は心底から妻を愛している。だが、時々妻の度を越した慎重さに辟易することもある。しかし、彼女は誰も経験したことのないような悲劇をくぐり抜けてきたのだと自分を納得させていた。彼も妻の体験した事件の真相を知りたいと心の底から願っていた。そんな彼らに転機がおとずれる。少しでも状況が変わればいいと思ってテレビ番組に出演したのだ。そして、それを境に彼らの身辺で不可解なことが起こりはじめる。よく見かける茶色の車、家を見張る人物、留守中の家の中に置かれてあった古ぼけた帽子、そして予期せぬ殺人。25年の歳月を経て、あの失踪事件の真相がようやく明らかにされるのか・・・・・・。

 

 死以外に身近な人がいなくなるなんて状況は、まずないのだ。小さな子供なら誘拐ということもあるだろうが、シンシアは父、母、兄の三人を同時に失っているのである。これは当事者にとっては最悪の悪夢だが、ミステリの謎としてはシンプルであるだけに非常に吸引力がある。

 

 だから、真相が陳腐だったらまったくの興醒めになってしまうのだ。ゆえに、このパターンのミステリはとてもデリケートで難しい。ぼくの乏しい読書遍歴の中では、このパターンで読むに耐えるミステリはハワード・ブラウンの「夜に消える」とヒラリィ・ウォー「生まれながらの犠牲者」ぐらいだ。どちらかといえば「夜に消える」のほうが本書の状況に近いかな?だって出掛け先でちょっと目を離したすきに、妻がいなくなってしまうのだからね。

 

 とにかく、本書はぐいぐい読ませる。特に中盤を過ぎてからの展開はかなり劇的だ。話の辻褄もしっかりあってるし、ラストで小技を効かせたツイストがあるのもよかった。そして、なにより最後のページでしっかり泣かせてくれるのである。少しシンシアの造形が薄い気もしたが、それはまあ瑕疵にはならないだろう。本書が初紹介の作家らしいが、次が出たら、また読んでみようと思わせる本だったのは間違いない。オススメですよ。