読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

山田風太郎/鹿島茂「鹿島茂が語る山田風太郎 私のこだわり人物伝」

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 NHKで、こんな番組やってたの?知らなかったなぁ。知ってたら絶対観たんだけどなぁ。

 

 そう、ぼくは山田風太郎バカです。彼の名があれば、それがなんであっても手に入れたくなるし、どんなしょうもないものでも欲しくなってしまうのだ。だから、本書も即購入。内容をみて、半分が鹿島茂の評論、半分が短編二編、そのうちの一つは既読だとわかっていてもやはり買ってしまうのである。

 

 本書では、鹿島教授が風太郎の明治物を例にとって彼の創作の秘密を解き明かそうと試みている。

 

 風太郎ファンにとってはなかなか興味深い論考(といってもそんなに堅苦しくはないけどね)なのだがこんなことはあらためて読み解かなくても、ファンであれば身体と脳髄に染み込んでしまっていることなのだ。だから読んで退屈はしないのだが、薬にも毒にもならないのである。続く短編二編(「東京南町奉行所」「伝馬町から今晩は」)はどちらも巻措くあたわずのおもしろさで、先にも書いたとおり「伝馬町~」の方などは読むのが二度目なのにも関わらず内容をほとんど忘れていたのも手伝って初読のように楽しめた。やはり風太郎は小説の神様なのである。



 「東京南町奉行所」は、ある老人が西の方からやって来るところから物語がはじまる。彼は徳川幕府が瓦解したあと静岡の代官所に住まわっている元将軍慶喜公を訪ねてきたのだが、門前払いをうけてしまう。かつては臣下として幕府で働いていたこの老人の正体とはいったい誰なのか?彼の正体は最後まで明かされない。だが、勘のいい読者ならすぐ正体はわかるはず。天保の妖怪といえば、わかる人も多いのではないだろう。その老人が巻き起こすある意味痛快で、限りなく残酷な物語。福沢諭吉勝海舟なども登場して、なんとも贅沢な短編なのである。



 「伝馬町から今晩は」はその天保の妖怪が施した改革の犠牲になった蘭学者が主人公の一編。弘化二年の伝馬町の出火により囚人の切放しがあった。切放しとは牢獄火災の際の囚人解放のことをいうのだが三日以内に牢屋に帰ってくるという約束で囚人たちを野に解き放つ世界でも稀な日本独特の慣わしなのである。そのときに逃亡し、何年も逃げ続けた男がご存知高野長英だ。まあ、この男が酷い酷い。逃亡する過程で過去の知己を訪ね歩くのだが、それらが皆ことごとく地獄に落ちてゆく様は背筋も凍る思いがする。いわば冤罪で牢屋に入れられたこの稀代の天才学者が歩む地獄行はまさしく圧巻の一言。この

 

 感じはかつて筒井康隆の「村井長庵」を読んだときにも感じたものだ。長英については吉村昭の「長英逃亡」という傑作もあるので、これもいつか読もうと思っている。



 というわけで彼がいなかったら、彼の素晴らしい作品群がなかったらいまのぼくはなかった。彼がいてくれたからこそ、こんな素晴らしい読書の世界を知ることができたのである。ありがとう、山田風太郎あなたはやはりぼくの神様です。これからもあなたの作品は大切に読んでいきたいと思います。