読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

辻村深月「きのうの影踏み」

きのうの影踏み (角川文庫)

 この人は、怪異譚が好きなのだけれどもまだそれを充分こなしていないという印象をうけた。この薄さの本で13もの短編が収録されていることからもわかるとおり、それぞれがとても短い。短さがクオリティに反映されるとは思っていないが、全体的にとても軽い印象だった。タイトルで考えると「十円参り」とか「やみあかご」とか「だまだまマーク」とか「噂地図」とか、なになに?って感じでキャッチーなものがあって食いつきはいいのだが、話的に広がりがもひとつな印象を受けた。

 

 そんな中でも「手紙の主」という短編は、作家仲間内で噂される奇妙なファンレターを扱ったもので、語り手も含めいろんな作家仲間がどうやら同一人物から手紙を受け取っているらしいのだが、みんな話だけで現物がない。語り手自身も数年前にその手紙を読んだ記憶はあるのだが、現物は実家に置いてきている。ようやく、探しに行ってみるといくら探しても手紙は見つからない。しかし、その話は私も私もとどんどん集まってくる。

 都市伝説の原型みたいな話で現象は語られるが、話だけが浮遊して特定に至らない。奇妙なシコリが残る。なんだが現実味があって印象に残った。

 

 あと「ナマハゲと私」は直接的な恐怖を描いていて、想像するとゾゾっとなる。自分を埒外において、なんでもないことと思っていたことが実はそうではなかったと思い至る時の戦慄。また、その恐怖が我が身に迫ってきていると分かった時の絶望感。これが悪夢ならしとどに汗をかいているに違いない。

 シチュエーション的に母と子の話が多いのも特徴だ。作者自身が結婚して母となってから書かれたらしく、実生活での戸惑いや苦労、守るべき者に対する愛情と裏返しの無力感が通奏低音として全体を覆っているようにも感じられる。「やみあかご」や「丘の上」などはそんな心情が色濃く反映されているようにおもう。勝手な想像だけど。

 

 もっともっとこういう話を書いてほしい。この人の書く怪異譚をもっと読みたいい、そのうち、心底ゾクゾクする話を書いてくれるのではないかと期待してしまうのである。