読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ジョー・ヒル「20世紀の幽霊たち」

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 話題の書をようやく読み終えた。なんせ車中本で読んだものだから一ヶ月以上かかってしまった。しかしこの分厚い本をこの期間で読み切ったというところに本書の凄みがあるといえるだろう。だってあなた670ページですぜ。平日の仕事の合間の車で移動する時間の読書タイムなんて一日平均20分もないだろう。そう考えると、本書がいかにおもしろい本だったかということがわかろうというものだ。

 

 かように本書のリーダビリティは素晴らしい。先へ先へとグイグイ引っ張っていく力はたいしたものだ。

 

 だが、本書に収録されている様々な作品たちのほとんどに新奇さは感じられない。おもしろいが、いたってオーソドックスな物語たちなのである。では、気になった作品について一言。

 

「年間ホラー傑作選」
 巻頭の作品ということで、いったいこの作家はどういう話を聞かせてくれるんだ?と疑心暗鬼混じりで読んだのだが、つかみはオッケーという感じ。ホラーを愛する人生に疲れた男が、ホラーそのものの世界に迷い込んでしまうという話なのだが、映画でおなじみのホラーシチュエーションを逆手にとって恐怖を盛り上げているところがおもしろかった。

 

「二十世紀の幽霊」
 いわゆる幽霊譚なのだが、それが単なる恐い話に終始するのではなく、ラストに向かって集約されていく構成がいい。しかしここに登場する幽霊に実際出会ったら、ぼくはたぶんちびっちゃうことでしょう。

 

ポップアート
 本書の中で唯一オリジナリティにあふれる作品。泣かせるいい話を風船人間で語ってしまうところがミソ。どうやったらこういう話を思いつくのだろう。ありえない設定がうまく昇華されて絶大な効果をあげている。

 

「蝗の歌をきくがよい」
 『ある朝突然に・・・』というワンアイディアをとことんまで煮詰めて描いた作品。ある朝突然虫になってしまった少年の冒険譚が、リアルに醜悪に描かれていく。少しグロいのだが、これが結構好きだったりする。

 

アブラハムの息子たち」
 ここに登場する父親は、ホラー界では超のつく有名人。この人がこういう晩年をすごしていたとはおもいもしなかった。着眼点がなかなかおもしろい。

 

「うちよりここのほうが」
 作者がいうところの野球三部作のひとつ。ここに超常現象はあらわれない。障害児を語り手にもってきたところにこの作品の勝因がある。いい話だ。

 

「黒電話」
 これも野球三部作のひとつらしいが、この作品では野球はあまりウェイトを占めていない。連続殺人鬼に連れ去られた少年の脱出劇が描かれるのだが、犯人像が少し曖昧なので、その分割りをくってる感じ。
 この作品の削除部分が巻末に用意されているが、これは無いほうが良かったかな。

 

「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」
 シチュエーションの勝利。だってロメロが撮ってる「ゾンビ」に出演している男女の機微が描かれるのだから変わってる。二人ともゾンビメイクしてるんだから、想像したらおもしろい。これを感傷的な配慮で描くところに作者のしたたかさがあると思う。

 

「お父さんの仮面」
 結局、何が言いたかったの?と焦点がボカされてるような印象を与えるが、それゆえに逆に印象に残ってしまう。途中出てくる怪異描写がなかなか怖い。主人公が出会う少年少女はあの人たちのことだよね?

 

「自発的入院」
 本書の中で一番長い作品。ここで描かれる恐怖は、あの傑作ホラーの「紙葉の家」と同種のもの。これは不気味だ。サヴァンとこれを組み合わせてしまうところがより恐怖を煽る。強く印象に残る作品だ。変なオチをつけない幕切れも秀逸。

 

「救われしもの」
 この作品とスルーしたが「寡婦の朝食」の二作は著者が長編にしようとして断念した「Giant」の一部分なのだそうである。タイトルのとおり『巨人』が主人公のこの長編は、百二十ページまで書かれたところで中断しているそうなのだが、どうか完成して欲しいものだ。この短編を読むかぎり非常に魅力的な話なのである。

 

 というわけで、気になった作品を書き出してみた。何度も書くが本書は、素晴らしいリーダビリティを具えた短編集である。間違いなくいえることはこの新人は、あの偉大な父親より数段短編を書くのが上手いということである。こうなってみれば、以前に刊行された長編の「ハートシェイプト・ボックス」も読んでみようかな。